小田嶋隆【第3回】コラムニストとして時事ネタを扱うときは、記者や学者とは絶対に違う目線で書く
小田嶋隆氏と慎泰俊氏

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第2回はこちらからご覧ください。

記者や学者とは違う視点で書く

慎: 私が書いているときに悩ましいなと思ったのは、新聞やメディア全体で話題になっている事柄なんかを採り上げると、皆さんそのテーマに関心があるので、タイトルに特定の言葉が載っているだけでPVがついてくるように思えました。もちろん内容がトンデモだったらダメですが。

一方で、こればっかりやっていていいんだろうかという悩みはあり、4回に1回は自分が書きたいことを書くようにしていたんですが、少し前に小田嶋さんが出された『場末の文体論』に掲載されているコラムもそういうテーマで書かれたものなのでしょうか。

小田嶋: そうですね。割と時事から外れたテーマでしたね。

慎: 大量に仕事があると、そういう世の中の事件に寄り添わざるを得ないという状況について、焦りというか危機感のようなものはあったりしますか?

小田嶋: 私は時事問題をやるときに心がけていることがあって、まあ、そうせざるを得なくなっているということなんですが、たとえば衆院解散について書くとします。政治記者なりルポライターなりという人たちは取材していて、現場の声を知っていますよね。政治学者はそこに至る理論や過去のデータを持っていて、経済学者はあくまで自分が立脚している何かを持っています。

そういう人たちが解散について書くときには、自ずとスタンスが決まっていますよね。誰かの番記者をやっていたり、自民党の消息筋と親しい記者だったりすれば、解散についてもちょっと深みのある記事が書けるはずですよ。でも私は新聞しか読んでないわけですから、読者と同じ立場で物を書くわけです。

だから、コラムニストがそういうネタをいじるときには、同じ視点からは絶対に見ないようにしないといけないんですよ。「解散にはどういう理由があるのか」とか「争点はこれこれだ」みたいな話をしちゃうと、どこかの誰かの言っていることを切り貼りしたような記事にしかなりようがないんです。

だから最初の段階で、「『解散風』って変な言葉だよね」とかいうところから入って、「どうして『風』なんだろう」とかね。主に「解散風」という言葉の出来上がりについて書いて終わりにする、と。解散の真相とか自民党の狙いとか安倍さんの何とかというようなところについては、ちょっと皮肉を言うだけに留めるというくらいですかね(笑)。

だから、政治でも経済でも、素人なわけだから、本当のメインストリームの議論には踏み込まないで、周辺で動いている変な言葉だとか、そういう変なところに目をつけるということを心がけているわけです。

慎: その探し方というのはやっぱり経験の産物だったりするのですか?

小田嶋: まあ、半分は経験ですね。あともう一つは、狡いやり方かもしれないけれど、変な言葉を探していくということはありますね。どんな現象があっても、人々が使い慣れない言葉を使っていたり、ちゃんとわかっていないくせにみんなが使っている言葉があったりしますから。

慎: たしかに、小田嶋さんのコラムには言葉を掘っていくという手法が時々見られますね。

小田嶋: それがパターンの一つとしてありますね(笑)。「この○○という言葉がしきりに使われているのは、何でだろう?」と言って進めていくという手口です。

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