大作家のすごい顔 『文士の時代』

ビューアー:足立 真穂

吾が、ちらかった部屋で原稿用紙を前にこちらを睨む。バーのカウンターで明るい表情の太宰治が談笑している。めったにないクローズアップの川端康成の瞳が何かを見据えている……記憶にある、印象的な日本の大作家の顔は、この人の手によるものがほんとうに多い。その人物こそ、「文壇の篠山紀信」こと(と勝手に命名してみたが)、写真家の林忠彦だ。

この林さん自身が、大正7(1918)年生まれで、亡くなったのが平成2(1990)年なので、映し出されているのは、主に昭和の時代に活躍した作家たち、といえるだろう。
「男性を尊敬すべし」と書いた黒板を指差す小悪魔的な有吉佐和子(以下、敬称略)や、可憐さがこぼれんばかりのうら若き瀬戸内寂聴など、美しさが目を引くものもあれば、男の色気とはこういうものかと唸らされる檀一雄、いまなら「壁ドン」してくれそうな(わからない方はググってください)ほどかっこいい、五木寛之と野坂昭如のふたりなど、魅力的だ。

私が目次からページを引いたのは、ほかに谷崎潤一郎、志賀直哉、菊池寛、武者小路実篤、松本清張、井伏鱒二、大江健三郎、吉行淳之介、石原慎太郎、齋藤茂吉、深沢七郎、北杜夫、幸田文、山口瞳、三島由紀夫、坪田譲治、林芙美子、大岡昇平、安部公房、司馬遼太郎、開高健、遠藤周作、新田次郎、柴田錬三郎、河上徹太郎、小林秀雄、吉川英治、内田百閒、山本周五郎、といったところだろうか。書き出してみたら結構な数になっている。線の細い三島由紀夫の写真など意外性に満ちていて、固定したイメージでばかり今まで捉えていたことがよくわかる最たるものだった。それぞれ、別の側面がよく見えてきたように思う。

ありていに言ってしまえば、この本は、作家の顔写真をプロフィールとともに紹介しつつ、撮影時やつきあいの思い出を林自身が語るような文章でまとめた、写文集ということになる(撮影は、昭和21年~46年の間にされたもの)。

が、「へぇ、こんな人だったのか」とぼんやりページをめくっているうちに、この文章にこそ、この本の出汁が存分に出ているのだとわかってくる。

というのも、残念ながら中には後世にはあまり伝わっていない作家もおり、正直なところ、私自身も何人か知らなかった。それでは、知らないからつまらないかというとそうでもない。もちろん知っている作家だからこそ、その素顔や意外な表情を見る楽しみというのもあるわけだが、撮影者と被写体の関係性で、また撮影の状況を知ることで、表情が違って見えてくる不思議な写真が何枚もあるのだ。これには夢中になってしまった。

たとえば、2メートル近い長身の元五輪ボート選手で、大の太宰治ファンだという若い男性作家、田中英光の話もそうだった。かいつまんでお伝えすると(原文を読んだ方が味わい深いのだけれど)、太宰と同じ銀座の酒場のカウンターで撮影してくれという依頼に対して、太宰も、同時に撮影した織田作之助も撮影後すぐに亡くなったため縁起が悪いからと断るが、どうしてもということになり、印象の似た別の酒場で撮影することになった。ところが、酒を一滴も飲まない田中は、かわりにポケットからときどき取り出す薬瓶の中身を飲んで、ラリってくる。そのうちに、こんなことを言い出す。