科学の女神ここに微笑む 『サバからマグロが産まれる!?』

2014年12月31日(水)
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もうひとつ、とんでもない幸運に恵まれた。それは、吉崎さんが、というよりも、奥津君という「あまり勉強は好きでないけれど情熱があって魚が大好き」な学生が。その奥津君、たぶん不器用なのだろう。始原生殖細胞の注射がうまくできない。それができなければ話にならない。たとえGFPで見えるようにしたとしても、もともとが数の少ない細胞である。そんな貴重な細胞をどんくさい(失礼!)学生に無駄にされてはたまらない。そこで、練習として、将来的に精子にしかならない精原細胞を使いなさいと命じられた。その細胞なら、大量に採れる。

さて、練習しなさいといわれたら、あなたはどうするだろう。この研究では始原生殖細胞を10個程度、腹腔に注入する必要がある。何万個も精原細胞があったとて、最終的な目的は10個の細胞の注射なのだから、ふつう10個でやるだろう。奥津君は違った。一万個、二万個という単位で移植していたのだ。わけわからん…。吉崎さんに相談していたら、そんなにたくさん使わずに10個でしなさい、と(たぶんあきれながら)指導されていたはずだ。しかし、何が幸いするかわからない。このちょっとアホ実験がよかったのだ。10個程度の精原細胞の移植ではダメなのであるが、大量に移植したために、なぜかうまく精巣に移動して精子を作ったのだ。

話はこれで終わらない。精原細胞というのは、正常な状態では精子にしか分化しないので、本来ならオスにだけ移植したいところだ。しかし、移植する仔魚の段階では、オスかメスかわからない。だから、当然、メスにも移植していた。そ、そうすると、な、なんとなんと、精子にしか分化しないはずの精原細胞が、メスの体の中では、卵巣において卵になることがわかったのだ!まがうことなく、常識に反する大発見。セレンディピティーここにきわまれり。まさしく科学の女神が奥津君に微笑みかけたのだ。

マグロの仔魚は得ることすら困難な上に、一匹あたり始原生殖細胞が5~6個しかない。精原細胞が卵になるという信じられない成果がなければ、事実上、サバにマグロを産ませることは不可能であったはずだ。ん?どういうこっちゃ。吉崎さんのすごいところは、そういうことを考えずに、この研究に取り組み始めていたことだ。はっきり言いたい。はじめにもうちょっと考えておけよ、と。しかし、考えていたら、この研究を始めていなかっただろう。結果オーライ、うまいこといったもん勝ち。科学というのはおもしろいものだ。ひょっとしたら、科学の女神は、あまりにおもろかったので、微笑みどころではなく、爆笑して、チーム吉崎にご褒美をあたえたのかもしれない。

ほかにもいろいろなことをひとつずつ克服して、ようやく、ほんとうにサバがマグロを産む(かもしれない)ところまできている、というのが現状だ。最初に書いたように、サバにマグロを産ませるのは応用研究である。その応用研究をしながら、画期的な基礎的成果が生まれるというのは、めったにない。吉崎さんたちのはそういう研究、掛け値なしに素晴らしい研究だ。

"魚の顔色を見ることでいろんなアイデアが浮かびます。これができたらすごいなとか、こんなこともできるのではないかとか「魚飼いならでは」のアイデアが浮かぶのです。これは論文を読んでいるだけでは絶対浮かびませんし、試験管をふっているだけでも浮かばないと思います。"

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