HONZ現代ビジネス
2014年12月31日(水)

科学の女神ここに微笑む 『サバからマグロが産まれる!?』

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どんな研究がいい研究か?いろいろな考えがあるだろうけれど、わかりやすい研究がいちばんだ。気の利いた小学生高学年の子にわかるように説明できる研究、というのがひとつの条件だと常々思っている。この本の著者である吉崎さんの研究目的はほんとうにわかりやすい。小学生どころか幼稚園児でもわかるかもしれない。サバにマグロを産ませようというのだ。ほ乳類ではないのだから、より正確には、サバの体の中でマグロの卵子と精子を作らせようという研究だ。

研究には基礎研究と応用研究がある。この研究、目的としては応用研究である。乱獲がたたり、クロマグロが減少している中、近畿大学がクロマグロの完全養殖に成功したという話は有名だ。吉崎さんの夢はもっとでっかい。養殖ではなくて、クロマグロの稚魚を大量に作って、大海原に放流しようというのだ。しかし、採卵するには、100キログラムにもなるまでクロマグロを育てなければならない。そのためには、直径100メートルもの生け簀と4~5年もの歳月が必要になる。それでは採算があわない。かわりに、300グラムくらいのサバを使えば、水槽で飼育が可能になり、期間も1年間。さらにホルモン処理による排卵調節やいろいろな遺伝子バックグラウンドのマグロの卵産出なども簡単にできるようになる。

そんなことできるんか。だいたい、タイトルに『!?』がついとるがな…。しかし、できそうなのである。そこまでいたる吉崎さんの研究の歴史、おもしろいしわかりやすい。あとからたどれば、これしかないというほどの一本道だ。もちろん実際は違う。

研究というのは段階的なものだ。いくつかの理由で、サバにマグロを産ませるというのはハードルが高い。まず、吉崎さんが取り組んだのは、近縁種、どちらもサケの仲間、であるヤマメにニジマスを産ませるというテーマ。研究戦略そのものはシンプル。始原生殖細胞という細胞がある。これは、発生の初期に存在する、将来、オスでは精子、メスでは卵子になる細胞だ。この始原生殖細胞をニジマスからとってきて、ヤマメの仔魚に移植する。始原生殖細胞というのは、ある意味、便利な細胞で、わざわざ精巣や卵巣に移植してやらなくとも、腹腔に注入してやると、ちゃんと自分の居所を見つけて、精巣や卵巣に居ついて、精子や卵子になってくれる。

こう書くと簡単に見えるが、実際にはそうでもない。ひとつは仔魚の小ささである。サケ類の仔魚は比較的大きく生まれてくるとはいうものの、その腹腔に細胞を注射するには、ある程度の器用さと熟練を要する。もう一つは、始原生殖細胞が仔魚のどこにあるかわからないことだ。それを知るために、吉崎さんは、下村博士がオワンクラゲから発見してノーベル賞に輝いた緑色蛍光タンパク(GFP)を利用した。それまで不可能と考えられていたのであるが、偶然読んだ論文からヒントを得て、ある工夫をしたらうまく始原生殖細胞をGFPでマークできた。世の中には運のいい研究者と運のない研究者がいる。吉崎さんは、まちがいなく前者だ。もちろん、運も実力のうち。

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