IT×手話で、聴覚がい者がよりチャレンジしやすい生活環境を整えていく---ShuRグループ代表・大木洵人
大木洵人(おおき・じゅんと)
1987年群馬県生まれ。手話通訳士。2008年、大学2年時にシュアールグループを創業、代表に就任。ビデオチャットを活用した手話通訳や世界初の手話キーボードを搭載したオンライン手話辞典など、ITを駆使した手話サービスを幅広く展開する。
2012年、東アジア初のAshoka Fellowに選出、Forbes 30Under30にも日本人で唯一選出される。世界経済フォーラムGSC福岡ハブ代表代行。
2011年慶應義塾大学環境情報学部卒業。2014年東京大学大学院情報学環教育部修了。

全国に約36万人いるといわれている聴覚障がい者にとって、コミュニケーションするひとつの手段である「手話」。けれど、手話通訳がつくテレビは毎日30分のNHKのニュースだけ、救急車など万が一のときSOSを呼ぶ手段もなく、会社に行っても自分と共通の言語を話す人はいない……。社会の身近なところに手話は存在しておらず、その分、機会が失われているひとたちがいるという現実がある。まだまだ聴覚障がい者と健聴者の間には明らかな差が存在する。

手話サービスとITを掛け合わせることで、社会にあるその差をなくそうとしているのが、「ShuR(シュアール)」代表の大木洵人氏(27)。

シュアールでは、PCやタブレット、スマートフォンのビデオチャットを利用する遠隔手話通訳サービスやわからない手話をその場で解決できる手話キーボード搭載の辞書の提供、手話によるエンターテイメント番組の配信など、手話にまつわる事業を展開している。

大木氏はなぜ手話サービスを始めようと思ったのか、彼が事業を通じて成し遂げたいこと、その先に描く未来とは---。

テレビ番組がきっかけで手話を始め、紅白出演

私自身、家族や友人、まわりに手話を使っている人がいたわけではありません。たまたま教育番組で観た「手話」に魅かれて、大学1年生の夏休みに手話を始めたのです。それが手話に初めて触れた瞬間でした。

手話を始めてみると想像以上に面白く、より多くの人と手話を学びたいと思い、2ヶ月ほど経つ頃に、当時通っていた慶応大学藤沢キャンパス内で手話サークルを立ち上げていました。色々な授業で告知をしたら、あっという間に10名ほどのメンバーが集まり、その中に聴覚障がいを持つ学生がいたので、彼に先生になってもらい本格的に学習を始めました。そして、サークルを始めて2ヵ月半が過ぎた頃、友人から私の人生を大きく変える一本の電話が入ったのです。

「紅白で手話歌をしてみないか?」

最初は地域の商店街などで行われる小さなイベントのことだろうと思っていたのですが、よく話を聞けば、本家本元の「NHK紅白歌合戦」への誘いではありませんか。二つ返事で引き受けて、紅白歌合戦史上初の手話バックコーラスとして出演することになったのです。手話歴5ヵ月での無謀な挑戦でしたが、多くの人に支えられ無事にやり遂げました。それが、私が初めて受けた手話の仕事でした。

紅白歌合戦での手話歌は、手話界では話題になり、業界紙などからの取材依頼や手話歌指導の依頼、地方イベントへの出演依頼などが殺到しました。

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