勝間和代×渡辺由佳里【後編】「他人の欲求を奪うより、助け合って互いの欲求を満たす"プラスサム"発想でいこう」
勝間和代さんと渡辺由佳里さん
どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)というエッセイを上梓した洋書のレビュアーであり、翻訳家の渡辺由佳里さん。その執筆中にずっと頭にあったのは勝間和代さんが多数の書籍やインタビューの中でおっしゃっている「努力」についての話だったという。そこで、書籍の刊行を記念して、お二人の対談を行いました。「疲れない努力のしかた」と「助け合う人間関係」をテーマに、お二人の"楽しく生きるコツ"を紐解いていきます。

第1回はこちらからご覧ください。

コミュニケーションは1:9で成り立っている?

勝間: 私、人間どうしが言葉で共有できるのって、せいぜい1割くらいだと思うんですよ。

渡辺: 1割、ですか。

勝間: はい。残り9割は何かというと、本人の「来歴」です。それまでの育った環境とか経験とか感覚とか言語ですね。で、コミュニケーションというのは1:9で成り立っている。

渡辺: 1:9?

勝間: ご本人との会話とかインタラクションが1割で、残りの9割は、コミュニケーションをする人同士のフィードバックループの中で生まれていく。だから伝言ゲームと同じで、10人くらい間に入って話していると、全然別の話になってしまう。

渡辺: そこに各人の解釈が入ってくるから。うわさ話の構造と同じですね。

勝間: そうそう。そういうものだ、誤解されてもしょうがないと割り切るしかない。5回から10回くらいコミュニケーションする機会がある相手なら、たいていの誤解は解けます。でも1回しかコミュニケーションする機会のない相手なら、それはその程度のご縁だからとあきらめる。

渡辺: なるほど。

勝間: 私、民主党政権時代にいわゆる「仕分け」を担当していたんです。そのせいで今年9月の御嶽山噴火の際、とんでもない難癖をつけられてしまって……。「御嶽山が監視されていなかったのは、勝間が仕分けをしたせいだ」と言い出す人が現れたんです。で、それを信じて「御嶽山が噴火したのは勝間のせいだ」なんていうトンデモ話までネット状に次々と出て……。

とくに誤解があったのは、景気対策の一環で、火山の監視予算を一時的に増やしたんですね。それをどうするかという議論で、でもその時は別に御嶽山や重要火山の話をしていたわけではなくて、小さな火山の観測については大学と連携するなりして、国がすべてやる必要はないんじゃないか、監視予算があるなら研究予算に回すべきじゃないか――そういった議論をしていたんです。それが、どういうわけか「御嶽山が監視対象から外れたのは、民主党が仕分けをしたからだ」という話になってしまう。

渡辺: ロジカルな話であっても、そうしたベースを共有していない人にはそれが伝わらない。誰しも、自分の教養とか来歴に基づいて会話しますから。だからベースの共有って大切で……。教養がないと、共有できるランゲージがないことになるんですよね。同じ日本語を話すからといって、同じランゲージを話しているかというと、そうではない。最近のアンチ教養主義みたいなものの広まりも、そういうことではないかと。

勝間: 来歴とか教養といったもともと持っているベースによって、コミュニケーションができるかできないかは決まってしまう。で、私は、できない人と無理にコミュニケーションする必要はないと思います。

殺伐としたネットで、「いいコミュニケーションの実例」を見せていきたい

渡辺: ただ今の日本を見ると、歴史を知らずして歴史を語ろうとするとか、危険な方向に向かっている気もしますが。

勝間: そこは言論とメディアの力で丁寧に説明するしかないと思います。

渡辺: そのメディアが、「炎上したほうが、視聴率やPVが稼げる」というほうに傾いてしまうと……。アメリカの大都市では、高級住宅街と事件がよく起きる治安が悪い地区が混じっています。その間で、ある程度治安を保っている地区で、空き家の窓ガラスが割れたものや落書きが放置されたままになっていると、だんだん近隣の建物にもそれが広まっていき、そうこうするうちにその地区全体が荒れて治安が悪くなってしまうんです。だから、そうした芽を摘んでいく努力というのも必要じゃないかと。