第6回ゲスト:大沢在昌さん (後編)
「『生島治郎の後を継いで、日本にハードボイルドを根付かせるのはおれだ!』と本気で思っていました」

2014年12月26日(金) 島地 勝彦
〔写真〕峯竜也 〔構成〕小野塚久男 〔撮影協力〕月下

【前編】はこちらをご覧ください。

憧れの作家から届いた返事で、作家になることを決意

島地 そもそも大沢先生が作家になろうと思ったきっかけはなんだったの?

大沢 中学生のときに、憧れていた作家の生島治郎さんにファンレターを書いたことでした。ファンレターといっても内容は生意気なもので、一つは「私立探偵という存在にリアリティがない日本でハードボイルドが成立するのか」。もう一つは「チャンドラーをはじめ海外のハードボイルドは一人称が多いが、三人称でも成り立つのか」という質問でした。

日野 作家志望の中学生からの果たし状ですね、それは。

大沢 何も知らない田舎の中学生が書いた手紙ですから、当然、返事なんかくると思ってませんでした。

島地 当時、生島さんは売れっ子だからね。普通はいちいち返事は書かないでしょう。

大沢 ところが来たんですよ、これが。しかも便箋8枚にびっしり、ぼくの質問に対する答えが書いてありました。

島地 それはすごい! 憧れの作家から返事をもらうだけで、うれしかったでしょう。

大沢 うれしいなんてもんじゃないですよ。この手紙はぼくの生涯の宝物になったし、本気で作家を志すいちばんの原動力になりました。「生島治郎の後を継いで、日本にハードボイルドを根付かせるのはおれだ!」と本気で思ってましたからね。その頃は、北方謙三の影も形もなかったし(笑)。

島地 生島さんとのつき合いはデビューしてから?

大沢 そうですね。ぼくが受賞した新人賞の選考委員だったというご縁もあり、麻雀とゴルフをご一緒させていただくようになりました。この手紙の話には続きがあって、ある日、麻雀をしているときに、「実はぼく、中学生のときに先生からファンレターの返事をもらったことがあります」。すると、あの人はハードボイルドですから、眉を少しひそめて「あり得んな。おれにはファンからきた手紙に返事を書く趣味はない」というんです。

1
nextpage



昨日のランキング
直近1時間のランキング