読書人の雑誌『本』より
2015年01月04日(日) 通崎睦美

サントリー学芸賞受賞!
通崎睦美『木琴デイス―平岡養一「天衣無縫の音楽人生」』
捨て身の買い物

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先日、久しぶりにインターネットのオークションで買物をした。買ったのは、1922(大正11)年オリエントレコード7月新譜のカタログ。表紙には木琴奏者・亀井湘南が紋付き袴姿で木琴を奏でる写真が載っている。「日本唯一の民衆的レコード」を謳うこのレコード会社のカタログには、「萬歲」「小唄」「落語」「ヂヤズバンド」「ハーモニカ獨奏」に続いて、「シロホン獨奏」が並ぶ。

私は、木琴の巨匠・平岡養一(1907〔明治40〕年―1981〔昭和56〕年)の評伝を書き進める中で、自らがマリンバ奏者であるにもかかわらず、全く知らずにきた多くの事実と出会った。

平岡養一が独学で木琴を学び、帝国ホテル演芸場でデビューリサイタルを開催したのは、1928(昭和3)年。この前の世代に、「木琴三羽ガラス」といわれる三人の木琴奏者がいた。

一人は、陸軍戸山学校軍楽隊に所属、後にNHK交響楽団のティンパニ奏者になる小森宗太郎。そして、平岡の終生のライヴァル・朝吹英一が手ほどきをうけた近衛師団軍楽隊の星出義男。もう一人が海軍軍楽隊に所属した亀井湘南なのだが、この亀井に関する資料が手薄であった。

今回オークションに出品された一枚もののカタログには「『僕は飯より角力が好きです』全く氏は音樂家と云ふよりも運動家と云ふ方が韞當な快男兒で肉太ひ其の双腕は多年の海軍生活をしのばせるに充分で昨今は各所の學校の角力部のコーチをして居られます」とある。こんな説明をつけられたら、もう買わずにはいられない。

私がこの商品を見つけた時、すでに318円で入札されていた。これは、どうしても欲しい品物。高値で入札すれば相手は諦めるだろうとオークション終了間際、一気に飛んで8500円の値を入れた。しかし、相手も覚悟を決めて狙っていたのだろう。すぐに値段が更新された。そこで、思い切って勝負に出ようとしたが、意外に競らず9850円で落札することができた。

たかが紙切れ一枚に9850円と笑われるかもしれないが、『木琴デイズ』(2013年9月刊)はこんな積み重ねからできた本である。最初の取材で平岡家に資料がほとんど保管されていないとわかると、私はこれまでアンティーク着物を蒐集してきた知恵と勘を頼りに、猛然と木琴関連の資料を集め始めた。SP盤を中心としたレコードの他、古本、演奏会パンフレット、そしてアメリカのヴィンテージ木琴に至るまで。決して、潤沢な資金があったわけではない。ソリスト稼業は水商売。「いる時は、いる。なくなれば、ない。でも、なんとかなるさ」と思う訓練ができている。

これら膨大な資料が語ってくれたことを貪欲に盛り込んだ結果、時代の流れの中に一人の音楽家を描き出すことができた。「捨て身の買物」がサントリー学芸賞、「社会・風俗部門」での評価につながったのだと思っている。

平岡養一は1930(昭和5)年に渡米し、NBCの専属アーティストとなって10年9ヵ月もの間、毎朝15分のラジオ番組を担当した。世界一の木琴奏者と称されるまでに成長するが、日米開戦を機に帰国。その後、日本各地で演奏活動を展開し、クラシックの分野にとどまらない国民的音楽家の地位を不動のものにした。1963(昭和38)年アメリカに拠点を移してからは、日米を股にかけて活躍している。

評論家の川本三郎氏は選評で、私の平岡に対する敬愛について言及されている。告白すれば、この敬愛は最初からあったものではない。10歳の時、70歳の平岡と共演した私は、巨匠を前に怯むどころか、「あと数年で追いつける」と思ったのを覚えている。共演が実現した1977(昭和52)年の時点では、1950(昭和25)年に日本にやってきたマリンバが主流になり、木琴という楽器も、平岡の演奏スタイルさえも古めかしいものとみられていた。子どもながらにそんな空気を感じていたのだろう。この印象は大人になってもそう変わらなかった。

2005(平成17)年、平岡の木琴と運命的な再会を果たし、その音色に惚れ込んだことがきっかけで書き始めた評伝。多くの資料を読み、時代と共に人物を理解することによって、初めて平岡に対する敬愛が生まれた。一刀両断に古くさいと切り捨ててしまうのは、己の無知の為せる業だった。以前の自分を振り返ると、大変恥ずかしい。私は、この本をまとめあげる過程で、平岡を心から尊敬し、愛するようになった。『木琴デイズ』を通して、平岡養一を好きになってくださる方が増えると、とても嬉しい。さらに、「木琴の音色を聴いてみたい」と思ってもらえたなら本望である。

(つうざき・むつみ 木琴/マリンバ奏者)
読書人の雑誌「本」2015年1月号より

 

通崎 睦美(つうざき・むつみ)
1967年京都市生まれ。5才よりマリンバを始める。1992年京都市立芸術大学大学院音楽研究科修了。91年のデビューコンサート以降、自身でコンサートをプロデュースし、毎回新しい試みに取り組んできた。常に作曲や編曲の委嘱を活発に行い、独自のレパートリーを開拓。ピアノ、ヴァイオリン、アコーディオン、箏、リコーダーを始めとする様々な楽器やダンスとのデュオ、マリンバ・トリオ、室内楽やオーケストラとの共演など、多様な形態で演奏活動を行っている(通崎好み製作所より

通崎睦美・著
『木琴デイズ 平岡養一「天衣無縫の音楽人生」 』
税抜価格:1,900円

第36回サントリー学芸賞(社会・風俗部門)受賞!
第24回吉田秀和賞受賞!
第6回朝日21関西スクエア賞受賞!

アメリカの人々は、「ヒラオカの木琴」で目を覚ます・・単身アメリカに渡り、レギュラー番組を持つまでになった平岡養一の痛快な人生

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