読書人の雑誌『本』
妖怪と遊ぶ
『全国妖怪事典』著・千葉幹夫

いま子どもの世界は妖怪だらけのようだ。2013年発売のゲーム「妖怪ウォッチ」はコミック、テレビアニメ、映画と手を広げ主題歌がヒットしている。妖怪の姿が見えるという妖怪ウォッチ、妖怪メダル、データカードなどの関連商品の売上高は年間四百億円を見込んでいるというから驚きとしか言いようがない。

妖怪ブームと呼ばれることはいままでも何度かあったが、その中心は「水木しげる妖怪」であった。その人気は息長く続いてきたがNHKの朝のドラマとなってからまたブームとなったようだ。「妖怪ウォッチ」には数多くの妖怪が登場するのだが、中には幽霊、ろくろ首、一つ目小僧、唐傘お化け、吸血鬼、人面犬などから口だけ女、さとりちゃん、モノマネキンなどパロディも多い。その故かわたしなどはどこか懐かしささえおぼえる。器物も妖怪化するからだ。

この懐かしさはほぼ「水木妖怪」によって日本人の中に培われたものだと思うが、そのさきをたどれば鳥山石燕が安永五(1776)年から天明四(1784)年にかけて刊行した四種の『百鬼夜行図』に至る。これには二百余りの妖怪が登場しているが、ほぼわたしたちが今妖怪と考えるものと石燕の創作とおぼしいものが混じっている。じつは江戸中期から妖怪が膨大に増えているのである。兵庫県立歴史博物館の香川雅信氏はこれを『江戸の妖怪革命』で詳しく論じておられるが、わたしはこれは江戸という町が自然から離れていったことと無関係ではないと考えている。

江戸幕府が開設されてすでに百七十年以上が過ぎ、江戸の町は成熟していた。ほんとうに怖ろしいとされる妖怪は郊外、辺境へとおしやられ、江戸の町では妖怪は楽しみの素材になっていったし、子どもにとっては双六などのおもちゃとなっていった。唐傘お化けやら豆腐小僧など生活の中から新しい妖怪が生み出されている。すると「妖怪ウォッチ」もこの流れの中に位置づけられるのだろうか。民俗社会で語られ記録されてきた妖怪と質が違ってきたのだ。言ってみれば身体感覚が失われていったということだろう。

わたしが『全国妖怪事典』を編んだとき、悩んだ一つにこのことがあった。いまとなってはどれが楽しみのために生み出された妖怪で、どれが民俗社会で語られてきたものか、区別をすることは容易ではなかったのである。

そもそも、妖怪とは何であるか。じつはこの定義自体が定まっていないのだ。民俗学者の柳田國男は妖怪は神の零落したもの、つまり落ちこぼれだと言った。はじめ、得体の知れないものがいる。それは人には知れない力を秘めているらしい。つまり自然の神だ。だから人は近づかないようにする。と言って人の好奇心は止められない。その実体をつかもうと近づくがそばまでは行かない。だがなにかの拍子に実体を見ると、なに、たいしたことはない。そこで名前をつける。「あれは河童というものだ」。そこから河童はふしぎな力を持つが、したしみのあるものという物語が作られていく。

だがその定義では、古代政権に妖怪とされた人は入らないではないか。大江山の鬼や土蜘蛛はもともと人ではないか。国際日本文化研究センター所長小松和彦氏はそこで、不気味な力を持って祀られたものが神、祀られなかったものが妖怪と考えてはどうかと提案した。この考えは停滞していた妖怪学を大きく進める一歩となったことはたしかだ。

さて、わたしはこの『全国妖怪事典』を民俗学的に妖怪を考える基礎となればいいという思いで作ったし、闇が消えた現在でもその痕跡はわたしたちの中に残っているとも思っていた。事典であるから、どこからどのように読んで利用してもかまわないわけだが、作家の故倉本四郎氏はこの事典の底本の書評(1995年)でおもしろい提案をしている。まず女性の怪だけを拾ってみよう。女性=自然への畏れが示現されているのではないか。つぎは妖怪の地域性に着目し、境界に目をこらしてみようというのである。それから大切なことは妖怪の両義性だ。神は与えることも奪うこともできるから、山姥などに代表される両義性は大切だ。

このようにこの事典であれこれ遊んでいただければいい。そして闇の記憶を思いだしていただければ幸いである。

(ちば・みきお 児童文学作家・妖怪研究家
読書人の雑誌「本2015年1月号より

千葉幹夫(ちば・みきお)
1944年、宮城県生まれ。児童文学作家、妖怪研究家。早稲田大学卒業。在学中、「早大少年文学会」に所属。『舌ながばあさん』で第33回講談社出版文化賞絵本賞受賞。妖怪関連の著書に『妖怪お化け雑学事典』『妖怪ふしぎ物語』『にっぽん妖怪地図』『ヘイタロウ妖怪列伝』などがある。日本文藝家協会会員。

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