読書人の雑誌『本』
「なぜ書けないのか」への処方箋
『書きたいのに書けない人のための文章教室』著・清水良典

長いあいだ教師をしてきた。大学新卒の22歳から38年間――と考えると、一瞬くらくらしてしまう。でもそのかなりの期間、私はロクデナシ教師だった。文学青年のなれの果ての身過ぎ世過ぎとして、エエ加減に教師稼業をしていたのだ。当時の教え子たちのことを思うと、平身低頭したくなる。

33歳になって群像新人文学賞を受賞し文芸評論家としてデビューしたころ、ほぼ同時に、もう一つの仕事が始まった。当時の勤務校の工業高校で、同僚たちと4人で「表現」という科目で作文を教えはじめた。教科書も使わず、話し合って授業内容を編みだしていった。その実践をもとに、『高校生のための文章読本』(筑摩書房)というアンソロジーを兼ねた副読本を作った。思いがけずそれがロングセラーとなったのをきっかけに、やがて高校生だけでなく、社会人相手の文章教室も引きうけるようになった。

たとえば遠い国立市公民館から呼ばれて、十年連続で夏期講座に交代で出かけた。市の規定の手当が往復の交通費で消える額だったので、一日の講座を二回連続にしてもらった。いろんな受講者がいた。10歳の少女が母親と一緒に受講したこともある。旧漢字がまじる高齢者もいれば、フリーライターとしてあちこちに書いているという人もいた。知りあいの編集者にも参加してもらった。

それらの仕事をしているうちに、私は少しだけ教師らしくなっていった。――というより、教える歓びを教えられていったのである。

今でも大学とカルチャーセンターで文章講座を持っている。ゼミでは小説創作を指導し、評論家として小説を紹介したり批評したりもしているのだが、文章を教える仕事は今後も手放すことはないだろう。元ロクデナシ教師の罪滅ぼしのようなものだと思っている。

文章を教えるというのは、こう書け、と強いることではない。書かれた文章から良い部分、光る表現を見つけることだ。書かせるのではなく、書きたい気持ちになってもらうのであり、書かれた作品をむしろ読ませてもらうことなのである。

そうして教えてきて改めて思い知らされるのは、世代を問わず、人は文章を書きたいものだということである。10歳の子どもでも文字が震える高齢者でも、みんな文章を書ける。書くことはどんな人でも、元気に生きているかぎり可能なのである。活字離れといわれる世代も、電車内や路上でまでスマホで書いているのは文章なのだ。それまで含めれば、日本中の人が病気のように文章を書いている。発表したがっている。読まれたがっているのである。

しかし、書くことはどうしても孤独だし、独りよがりになりやすい。私の教室でも、いろんな人がやって来ては去っていった。その大半はむしろ才能があると思える人たちだったのに、つまらないことで辞めてしまうのである。もったいない。また教室のような場所に通う条件に恵まれず、書きたいけれど何をどう書いたらよいのか分からないという人も少なくない。書きたいのに書けないという人がいっぱいいるのだ。

社会人を読者とした文章指南の本を、という依頼を講談社からいただいたとき、こういう人たちに届ける本を書きたいと思った。書けないと思いこんでいるとき、そこには必ず具体的な理由と対処法がある。私の経験から何らかのアドバイスを伝えられそうだった。

もう一つは、定年退職した人をはじめ、これから老いを迎えようとしている人たちに、ぜひ文章を書いてほしいと思った。

総務省の統計によれば、日本の65歳以上の「高齢者」は今や25パーセントになった。四人に一人の割合である。仕事や育児に明け暮れた生活からようやく解放され、自分の時間が持てるようになったものの、さて何をしようか、と迷っている人が多いだろう。さまざまな趣味やレジャーを楽しむのも大いに結構だが、もっとも飽きずに長続きし、やり甲斐があるのは、文章を書くことだ。なぜなら文章を書くとは「自分」という人間をかえりみて、かたちに残すことだからである。

人は自分に無関心ではいられない。あなたはどんなことに夢中になり、喜び悲しみ、何を考えていたのだろうか。それをぜひ文章に書いてほしい。その意味では、今回上梓した『書きたいのに書けない人のための文章教室』は人生の総仕上げのためのプログラムでもある。

(しみず・よしのり 文芸評論家)
読書人の雑誌「本2015年1月号より

清水良典(しみず・よしのり)
1954年奈良県生まれ。文芸評論家。高等学校国語教諭を経て、現在、愛知淑徳大学教授。86年「記述の国家 谷崎潤一郎原論」で群像新人文学賞(評論部門)を受賞。著書に『2週間で小説を書く! 』『MURAKAMI 龍と春樹の時代』『あらゆる小説は模倣である。』(以上、幻冬舎新書)、『村上春樹はくせになる』(朝日新書)、『文学の未来』(風媒社)など多数。共編著にロングセラーとなった『高校生のための文章読本』(筑摩書房)などがある。

清水良典・著
『書きたいのに書けない人のための文章教室』
税抜価格:1,200円

本書は、評論家として活躍する一方、30年来大学やカルチャースクールで文章講座を続けてきた著者が、主に自分と同世代の「書きたいのに、書けない」文章初心者に贈る文章入門。「書けない理由」を解きほぐし、誰もが自分らしい文章を書けるようになるための、6段階のレッスンをまとめました。わかりやすく魅力的な文例を参照しながら、「自分らしい文章」を書くコツと歓びを伝える、大人のための文章講座です。

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