さようなら石原慎太郎! 抜群の発信力だった人気者は
都政と国政に何を残したのか

橋下徹氏との合流が「終わりの始まり」だったか  photo Getty Images

引退した石原慎太郎氏が都政と国政に残したもの

石原慎太郎氏が政界を引退した。

日本維新の会で共同代表を務めた橋下徹大阪市長は、14日の総選挙後、「本当にお疲れさまの一言に尽きますね。僕が逆立ちしてもかなわない」と、石原氏の50年近い政治家生活をねぎらった。

確かに、物議をかもす発言は多かったものの、情報発信力と存在感は抜群で、人気も高かった。

しかし、2007年4月、東京都知事選で3選を果たしてからは、「石原都政」の継承に失敗。衆院に転じてからは、2度、脳梗塞に倒れたこともあって、肉体的な衰えは隠せず、「引退するけど出馬」という“禁じ手”を使った今回の衆院選で、最高顧問を務める次世代の党は、19議席を2議席に減らすという大敗北を喫した。

政界デビューは、芥川賞作家として、また「石原裕次郎の兄」として高い人気を利用、68年、参院全国区に出馬、史上初の300万票を獲得してトップ当選した。

95年、一度は政界を引退するものの、99年、東京都知事として復帰するなど、石原氏の経歴は、曲折はあっても華に満ちているが、晩年は、衰え、失政を重ねたと言わざるを得ない。

振り返れば、それは11年4月、4選出馬を決意したあたりから顕著となった。

この時点で78歳と高齢の石原氏は、一度は、4選見送りと、松沢成文元神奈川県知事に後を託すことを決めていた。

石原氏が、都知事1期目にぶち上げた東京都が中心になり、神奈川県、埼玉県、千葉県の1都3県で巨大な行政組織を作り、国に対抗しようという「首都圏メガロポリス」の賛同者。石原氏は、元秘書でヨット仲間の今岡又彦氏を、神奈川県特別秘書に送り込むほど松沢氏を買っていた。

当時、石原都政は、築地市場の移転が道半ばで、新銀行東京が赤字続き。しかも、「視察名目の豪華海外旅行」「芸術家である4男・延啓氏の重用」など、解決すべき問題があり、退任するにせよ、自分の意を受け継ぐ「石原後継」が必要だった。

それが、松下政経塾出身、神奈川県議、衆院議員、神奈川県知事を歴任し、万事、ソツのない松沢氏だった。だが、石原氏は、松沢氏の人気のなさに唖然とする。世論調査で、対立候補と目されていた東国原英夫前宮崎県知事に大差をつけられていた。

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