第106回 ティファニー(その三)創業180年へ---私の愛用するマネークリップに、技術力と繁栄を見る

現在、ティファニー本店は、ニューヨーク五番街と五十七丁目の角に位置している。
店がこの場所に移転したのは、1940年。
高級ファッション・ストリートとして発展する可能性を見越してのことだったといわれている。

ニューヨーク市の保存指定にもなっている建物は1940年当時そのままで、弩級戦艦並みの威容を見せてはいるが、敷居はけっして高くない。

ひやかし客にも寛容なこともあって、1日に2万人もの客が入店する日もあるという。
また、東京、ロンドン、ローマなど、世界二十ヵ国にブランドショップを展開している。
3年後、創業180年を迎えるティファニーの繁栄は、デザイン力と品質の高さに拠っているのは間違いないだろう。
私も、たった一つだが、ティファニー製品をもっている。
銀のマネークリップ。

以前から財布を持たず、マネークリップを愛用しているのだが、他のマネークリップは買ったばかりのときは具合がよくても、使っているうちにゆるんでしまい、紙幣を失くす事が多かった。
それがティファニーのマネークリップを使うようになってから、ほとんど、札を失くさなくなった。
もう何年も使っているが、全くゆるみがない。デザインはシンプルながら品があって、飽きがこない。
こんな小さな銀のマネークリップにも、ティファニーの技術の粋が凝縮されているのだ。

1902年、ティファニー社の創業者である、チャールズ・ティファニーが死去した。
このとき、ルイスは54歳。ティファニー社の副社長と自分で興したティファニー・スタジオの社長を兼任していた。

ティファニー・スタジオは、カーテン、織物、絨毯、敷物などを扱っていた。
専用の織機を据え付けるまではいかなかったが、他社で織られた織物を染め上げ、平凡な織物に芸術的な価値を与えたのだ。
また、家庭用の装飾品や実用品も製造していた。ボンボン入れ、マーマレード容器、オーデコロンの壜、茶碗、灰皿、シガレット・ケース……日常生活で使用される品々が手頃な値段でふんだんに用意され、人気を呼んだ。

ルイスは一般家庭の中にデザイン感覚を持ち込み、彼なりの方法でアメリカの趣味を育成したのである。
実業家としての手腕を持ち、同時に芸術家としても高い評価を受けている息子を、チャールズは誇りにしていた。
新たな事業で、ティファニー社を発展させてほしいという願いがあったのだろう。遺言によってルイスは、相続人の中で、いちばん多くの遺産を相続することになった。

チャールズが残した遺産の総額は現在の物価で換算すると、一千億円といわれている。その八分の三をルイスが相続することになった。四百億円である。

ところが、ルイスが莫大な遺産を注ぎ込んだのは新事業ではなく、自分の別荘だった。