世界に触れる時期は早ければ早い方がいい!~私が娘をシンガポールで育てる理由

2014年12月16日(火) 田村 耕太郎
Photo by Think stocks

サッカー選手が22歳で世界を感じていては遅い

世界を感じるのは早ければ早いほどいい。2014年10月にシンガポールで日本代表とブラジル代表の親善試合があった。結果は日本が0-4で完敗。そこには、スコア以上の差があった。

ブラジル戦後の日本選手のコメントが痛かった。30歳くらいでピークを迎えるサッカーという競技において、22歳~25歳の日本代表選手が「世界との差を初めて感じた」と。

まだ若いつもりなのだろうか? ブラジルのネイマール選手やコロンビアのハメス・ロドリゲス選手はその年齢ですでに世界のスーパースターだ。同世代である彼らとの差に今気づいたなんて、サッカー選手として”絶望的”ではなかろうか? 追いつくといってももう間に合わないのではないだろうか?

彼らは、国内の高校や大学でサッカーを続けてきた結果、世界に触れるのが遅すぎた被害者だと思う。

私が二歳の娘をシンガポールのインターナショナルプレスクールで教育しているのは、語学やモンテッソーリ教育など表向きな理由は色々あるが、一番重要だと思っているのは、幼いうちから世界の猛者とぶつかり合って、その"間合い"に慣れてほしいということだ。

二歳から世界の猛者と戦う

娘は二歳から世界のツワモノと連日ぶつかり合っている。シンガポールの、娘が通うクラスの親はエリート層が多く、その遺伝子や家庭教育を受け継いだ子供たちも将来世界でガツガツ活躍することになるだろう。そういう子供たちと幼少時代からぶつかり合い、間合いや対応を学んでもらっている。

娘は、多国籍でおしゃべりで我が強い親の遺伝子を受け継いでいるクラスメートと、おもちゃの取り合いなど、コミュニケーションを取り、ぶつかり合いながらも仲良くなる。その中で自分の役割や強みをなんとなく感じはじめている。もちろん、学校でストレスがたまるときもあるようで、家に帰るなり荒れることもよくあるが、それは世界に慣れていく過程の象徴だと思うので、いくら暴れても怒らず、「よく頑張っているなあ」と思いながら見守っている。

親ばかな私としては、娘が自分の好きなことをしてハッピーであれば嬉しい。ただ、グローバル化し、テクノロジーが進化するこれからの時代、彼女がやりことをできるようになるためには、それなりの準備が必要で、彼女がやる気があるうちはできる限りのサポートをしたいと思っている。

日本は、リーダー候補生を大学や大学院で世界に出していては遅いと思う。もっと早く送り出さないと世界とは戦えない。早期に子供を国外に送り出すのは親の役割なのか? シンガポールのように国が選抜して送り出すのがいいのか? 今の私にはまだわからないが、親も国もタッグになって頑張るべきではないかと思う。




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田村 耕太郎

(たむら・こうたろう) 前参議院議員。エール大学上席研究員、ハーバード大学研究員などを経て、世界で最も多くのノーベル賞受賞者を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で唯一の日本人研究員を務めた。
国立シンガポール大学公共政策大学院名誉顧問、新日本海新聞社取締役東京支社長。
1963年生まれ。早稲田大学卒業、慶応義塾大学大学院修了(MBA取得)。デューク大学ロースクール修了(法学修士)、エール大学大学院修了(経済学修士)、オックスフォード大学上級管理者養成プログラム修了、ハーバード大学ケネディスクール危機管理プログラム修了、スタンフォード大学ビジネススクールEコマースプログラム修了、東京大学EMP修了。
2002年から10年まで参議院議員を務めた間、内閣府大臣政務官(経済財政、金融、再チャレンジ担当)、参議院国土交通委員長などを歴任。
シンガポールの国父リー・クアンユー氏との親交を始め、欧米やインドの政治家、富豪、グローバル企業経営者たちに幅広い人脈を持つ。世界の政治、金融、研究の第一線で戦い続けてきた数少ない日本人の一人。
2014年8月、シンガポールにアジアの地政学リスクを分析するシンクタンク「日本戦略情報機構(JII)」を設立。また、国立シンガポール大学(NUS)リー・クワンユー公共政策大学院の兼任教授に就任し、日本の政府関係者やビジネスリーダーに向けたアジア地政学研修を同校教授陣とともに実施する。
著書に『君に、世界との戦い方を教えよう 「グローバルの覇者をめざす教育」の最前線から』などがある。