リコールに揺れるタカタ創業の高田家への意外な評価

2014年12月11日(木) 伊藤 博敏
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豊田章男社長同様の覚悟と決意表明を

その幸せな環境がリコールで一転したが、今、タカタへの批判は、対応の遅さに加え、経営トップで、3代目の重久会長兼CEO(最高経営責任者)が、説明責任を果たさないところから発している。

トヨタ自動車にリコールが発生、全米で「トヨタ叩き」が続いた10年2月、トヨタの豊田章男社長は、米議会の公聴会に出席し、「すべてのトヨタ車に私の名前が入っている」と述べ、先頭に立って安全を最優先すると決意を表明した。

高田家は、創業者というだけでなく、今も株式の6割弱を保有するオーナーである。重久会長にも、豊田社長と同様の覚悟と決意表明が求められているのだが、その兆しはない。

しかし、高田家の安全装置の開発と普及にかける意欲は歴史が証明、重一郎氏は、05年、タカタ攻撃の急先鋒に立つNHTSAから特別功労賞を受賞している。

また、経営にも関与した暁子氏は、タカタ常務時代の99年、チャイルドシートの装着義務化を受けて、メーカー各社が「チャイルドシート連絡協議会」を立ち上げると、推されて代表幹事に就任した。

家系も華麗。暁子氏の実父は凸版印刷中興の祖といわれた山田三郎太元社長で、実兄・英夫氏の夫人は、津軽家14代の義孝氏の娘で妹は常陸宮華子さまだ。

タカタ財団の活動と合わせ、暁子氏には特権階級に求められる無私の精神の「ノブレス・オブリージュ」があった。

長男の重久会長が沈黙を続けているだけに、タカタ社内に今も影響力を持ち、「ゴッドマザー」と呼ばれることもある暁子氏に、タカタ財団とタカタ広報部を通じて、取材依頼をしたのだが、「今は、お答えできません」ということだった。

このまま沈黙を続ければ、「高田家50年の安全への貢献の歴史」まで否定されてしまうと警告しておきたい。

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