雑誌 企業・経営
東ソー・宇田川 憲一社長
「『研究者の執念』が世を豊かにすると考えています」

1935年に「近代的一大理想工場」を目指し、現在の山口県周南市に誕生した東ソー(当時は東洋曹達工業)。以来、ホース、パイプの原料などに使用されるコモディティ(汎用)製品だけでなく、セラミックスの欠点である「脆さ」を解決した、画期的な『ファイン・セラミックス』など、付加価値の高いスペシャリティ製品を世に出してきた。また「新卒3年後定着率」ランキングで1位に輝くなど、「ホワイト企業」としても有名だ。宇田川憲一社長(65歳)に聞いた。

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うだがわ・けんいち/'49年、東京都生まれ。'72年に東京工業大学工学部高分子工学科を卒業し、東ソーへ入社。イラン、アメリカなどで製造現場の技術指導やマネジメントを担当。その後、生産・技術グループリーダーなどを歴任し、'04年に取締役就任。'09年に社長へ就任し、以来現職。連結売上高約8000億円の世界的企業を率いる ※東ソーのwebサイトはこちら

下支え

末端商品が少ないので、地味な企業だと思われがちですが「日本の経済を支えているぞ!」という自負があります。身近な分野では、重曹やセメント、塩ビ、合成ゴムなど日用品の原料をつくっています。また、弊社は産業分野で使う特殊な化学物質も数多く手掛けています。たとえば「ハイシリカゼオライト」という物質は、窒素酸化物(NOx)や炭化水素(HC)などといった大気汚染物質を浄化する触媒の原料で、800℃近い高温でも効果が保てるため、近年、規制が厳しくなっている自動車の排ガス浄化装置に使われているんですよ。

自負

また、ジルコニアという物質も面白い。セラミックスは通常「脆さ」が目立ちますが、当社のジルコニアは強度が高い。様々な用途がありますが、身近なものは義歯でしょう。金属歯のようにアレルギーが出ず、より自然の歯に近い光沢や透光感があり、耐久性も抜群なのです。弊社はこれまで化学の「素材」を取り扱ってきましたので、自社で小売店に並ぶような商品は製造・販売せず、他社が必要とする物質をつくっています。弊社が他社のニーズを把握し、よりよい物質を作ることで、様々な分野の末端商品に貢献できます。

遺跡 イランに駐在していた時代、遺跡群があるイスファハンを訪れたときの一枚。「現地は屋外の気温が50℃を超える日もあった」と振り返る

異文化

若手の頃は、海外で仕事をすることが多かったですね。たとえば'78年にイランで石化コンビナートの現地プラントの基礎設計などに携わりました。まだイラン革命前で、パーレビ王朝が西洋化を進めていた時期です。様々なカルチャーショックを受けましたね。現地の方は誇り高き人たちで、たとえば、技師に「わかりましたか?」と聞くと「わかった」と言うのに、よく聞くとわかってない(笑)。しかも、「アイムソーリー」と絶対に言わない。ところが一対一で関わると、とても気さくなのです。

査定

'87年からは米国に行き、アメリカ人の部下を持ちました。私より年上の、当時60歳くらいの方もいましたよ。大変だったのは、年に1度、年末に行う給与交渉でした。実力以上の査定はできないので、素直に「キミは成績が悪いから(給与を)下げるよ」と言うと、大の男がさめざめと泣き、そのまま家に帰ったりしてしまうのです。ところが、たった数日後のクリスマスパーティーには、奥さんを連れて出席し、始終ニコニコしていたりする(笑)。

習慣

書籍が好きです。出張が多いのですが、家の近所の図書館を利用し、売れ筋の本を出張先でも読みます。最近では「永続敗戦論」という本が印象に残っています。先の大戦の終結を「敗戦」と言わず「終戦」と表現したため、日本には「自衛隊」を「軍」と呼べない「ねじれ」が生まれたというのです。考え方はともかく、これを30代の若い著者が述べていることが印象に残りました。

背筋

休日になるとスポーツジムにも行きますね。肩こりがひどかったのですが、ジムに行って鍛えたらよくなりました。背筋が衰えていたようなのです。