「非モテ」や「自分らしさ」を受け入れてくれた雑誌『オリーブ』をいま振り返る~『オリーブの罠』著者・酒井順子さんインタビュー
※画像『オリーブ』1982年6月3日号、1983年6月3日号、1983年9月3日号、1983年10月18日号、1983年12月3日号、1984年10月3日号より

女子高生時代から『オリーブ』愛読者であり執筆者でもあった酒井順子さんが、少女達を夢中にさせ、その人生観にも影響を与えた伝説の雑誌を振り返る話題の新書『オリーブの罠』。大人になった今だからわかること――「オリーブの罠」とは何だったのか!? 

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――『ユーミンの罪』(2013年11月刊)に続いて、今度は『オリーブの罠』です。「罪」の次は、てっきり「罰」かと思いきや、「罠」でした。

酒井 はい。青春時代、ユーミンにも『オリーブ』にも本当に楽しい思いをさせてもらったんですが、時を忘れるほど夢中になったものの裏には、意外にいろいろな意味があったよね、っていうことをこの二冊では書いているんです。

たとえば、『オリーブ』には「モテなくたって大丈夫」とずっと言われ続けていたんだけれども、世の中に出てみたら、実はそうでもなかった、という(笑)。ユーミンよりも『オリーブ』のほうがイデオロギー的に強くて、手をグッとつかまれて、引っ張っていかれたという感じがあります。『オリーブ』に比べると、ユーミンはまだ保守ですね。

――今回あらためて『オリーブ』を振り返ってみて、いかがでしたか?

酒井 執筆するにあたって、自宅の納戸にしまい込んでいた約10年分の『オリーブ』を、すごく久しぶりに読み直しました。『ユーミンの罪』の時もそうでしたけど、大人になってから、しっかり聴き直したり、読み返したりしていると、ある種の傾向が見えてくるんです。それは、青春のオンタイムには必ずしも気づいていなかったことだったりするのですが、実はボディブローのように利いていて、ああ、影響を受けていたんだな、って。

――本の帯には「『オリーブ』とはモテの戦場からの解放だった」とあります。

酒井 『オリーブ』が読者の少女達に向けて、男性に媚びない思考と行動をすべし、ということを強烈に押し出していたというのは、今回読み直したことで、あらたに発見した部分です。

なおかつ、元オリーブ少女の方々にお話を伺った時に(『オリーブの罠』には「マーガレット酒井先生 元オリーブ少女&少年の面接時間」全4回を収録)、みなさん、けっこうその部分に自覚的で、媚びない『オリーブ』であるとか、非モテの『オリーブ』とかいうことを、ちゃんとわかって読んでいらしたことにも驚きました。そういう意味で、ある種の安全地帯みたいな雑誌だったのかな、と。『オリーブ』の非モテの根っこが、お姉さん雑誌『アンアン』を源流とする「男女平等思想」にあったということも興味深かったです。

――その他にどんな発見がありましたか?

酒井 80年代の『オリーブ』が都内の私立大学の付属校生たちをしばしば誌面に登場させるなどして重用した「付属校文化」と、デコラティブな着こなしが並ぶファッションページや「リセエンヌ」に象徴される「ロマンチック文化」が、やっぱりどう考えても、お互いに矛盾した文化であるということですかね。

高校生だった当時は、自分の頭の中で無理矢理、二つのカルチャーを併せて捉えていたんですけれど、今あらためて見てみると、「これ、水と油だよね」っていうことを強く感じたわけです。それを一冊の雑誌の中でひとまとめにしていたオリーブの力技に感服すると同時に、だからこそ、90年代に入ってからナチュラル路線になっていったのも自然の流れだったんだろうな、と。いつまでも、水と油を共存させることが無理だったんだろうな、ということがすごくよくわかりましたね。

じゃあ、どちらに私自身が軸足を置いていたかというと、ロマンチックなリセエンヌではなくて、やっぱり付属校文化のほうだったんですよ。だから、自分は『オリーブ』からだんだん離れていったのかな、という気がしました。

――酒井さん自身、女子高生時代から『オリーブ』の執筆者であり愛読者でもありました。なおかつ、都内の私立大学の付属校生だったわけですが、当時、ご自分にとって同誌はどんな存在でしたか?

酒井 自分で書かせていただいていたことも大きいですが、高校時代、『オリーブ』はいつも「共にあった」という感覚です。 知り合いが載っているとか、あそこの高校のあの子がかわいいよね、とかいう話で盛り上がったり。(学校の規則で)雑誌に載ったら本当はいけなかったんですけど、偽名を使って街角スナップのページにこっそり載ったりしていました。初期の『オリーブ』は、渋谷のセンター街で見る顔がここにも、っていう狭いメディアだったんです。

――酒井さんは前期オリーブ少女となりますが、今回、「元オリーブ少女の面接時間」で90年代の後期オリーブ少女と実際に面接して、どんな印象でしたか?

酒井 より「おしゃれ度」が高いなぁと思いました。なおかつ、現在に至るまでの『オリーブ』の影響、人生そのものへの刷り込みが強いのかな、とも。80年代のオリーブ少女はファッションや雑貨を参考にするぐらいでしたが、90年代のオリーブ少女は、当時の『オリーブ』には早くも原発に警鐘を鳴らす記事が載っていたことに象徴されるように、食べ物がどうだ、とか、料理はこうとか、生活全般および人生全般への影響がより強く見られるかなぁという感じがしましたね。

――『オリーブ』はなぜそれほどまでに少女達から特別に支持されたのでしょうか。同時代の少女雑誌、たとえば80年代の『プチセブン』や『セブンティーン』、『mcシスター』とはどこが違ったんですかね?

酒井 まず、グッとおしゃれだった、ということがあると思います。ヤンキーでもなく、リアルクローズでもない、ちょっと夢を見させてくれて、別の世界に連れていってくれるような服が提案されていた。ユーミンもそうでしたけど、半歩から一歩先に行く少女像っていうのを目の前にぶらさげてくれたんです。