【沿線革命002】 上野東京ラインの開業がもたらす恩恵とは阿部等(交通コンサルタント)

2014年12月05日(金)
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東京の最混雑区間が解消

国交省のホームページに、東京圏における主要31区間の混雑率の最新版(平成25年度。https://www.mlit.go.jp/common/001050444.pdf)が公開されている。

京浜東北線の上野⇒御徒町が混雑ワースト1(国土交通省HPより)
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この中で唯一200%に達しているワースト1が、京浜東北線の上野→御徒町である。山手線は主要31区間に含まれていないが、山手線の上野→御徒町も毎年、京浜東北線と同数値である。

私が大学院で交通計画を学んでいた1987(昭和62)年頃、各所の通勤ラッシュを見て回った。その中で最も仰天したのは、山手・京浜東北線の上野駅の様子だった(http://www.jreast.co.jp/estation/stations/204.html)。

3・4番線は、山手線と京浜東北線を併せて1時間に48本が次々と発着しても、ホームは人であふれ、階段から跨線橋まで数珠繋ぎ。

5~18番線(現在は17番線までだが、当時は18番線まであった)に到着する宇都宮・東北・常磐線の列車が到着するたびに、大連絡橋通路から怒涛のように人が押し寄せてくる様が脳裏にこびり付いている。試しに御徒町までの1駅だけ乗ってみる気もしなかった。

その後、1991(平成3)年6月に東北・上越新幹線の上野-東京、1996(平成8)年3月に東京メトロ南北線の駒込-四ツ谷が開業(赤羽岩淵-駒込は 1991年に開業済み)し、また宇都宮・高崎・埼京線から池袋・新宿方面の列車も次第に増え、この区間から他路線への分散が進んだ。

分散が進み、東京の人口増加圧力が弱まってすら、山手・京浜東北線の上野→御徒町の混雑率はいまだにワースト1なのだから、かつての混雑がどれほどのものだったか、経験していた人は思い出したくもないだろう。

私が見た1987(昭和62)年頃(写真を撮らなかったのが残念!)ですら大ショックを受けたが、さらに20~30年さかのぼった頃、さらには山手線と京浜東北線を併せて複線だった1956(昭和31)年以前の混雑たるや、想像を絶するとしか言いようがない。

我々の前の世代の人達は、戦後復興から高度経済成長の時代、超満員電車に日々揺られ、エコノミックアニマルと海外から揶揄されながら、今日の豊かな日本を形作って下さったことに思いを馳せる。

上野東京ラインの開業は、山手・京浜東北線の上野→御徒町の混雑を大幅に緩和させる。宇都宮・高崎・常磐線の沿線に住み、東京都心へ通うことの大きな苦痛が和らげられるので、その沿線の魅力度が増すことになる。もちろん、昼間や週末に東京都心あるいはその先へ出かけることも、逆に各方面から沿線へ出かけることも便利になる。

上野東京ラインと直結する路線以外への好影響

上野東京ラインの効用を受けるのは、宇都宮・東北・常磐線から東京・品川方面、東海道本線から上野・大宮方面への現在の利用者だけではない。

例えば、柏や松戸からJR常磐緩行線・東京メトロ千代田線で東京都心へ通っている人、大宮や浦和から東京や新橋へ時間が余計に掛かるのを承知で京浜東北線で通っている人などは、多くが上野東京ラインを経由する直通列車を利用するようになろう。

上野から東京メトロ銀座線または日比谷線で東京都心へ通っている人や、赤羽以北と横浜以西を湘南新宿ラインで行き来している人も同様である。

効用を受けるのは、利用路線を変更して便利になる人ばかりではない。上記の各路線は利用者が多少とも減り、混雑が緩和される。山手・京浜東北線の上野→御徒町のように劇的に混雑が緩和されることはないが、朝ラッシュに、京浜東北線の大宮や常磐緩行線の我孫子の始発列車で着席するために行列する時間が短くなるかも知れない。

京浜東北線の昼間の快速は特に大きな変更はないと思われ、赤羽-品川や上野-川崎などの移動は選択肢が広がる。

上野東京ラインは東京の北部方面の広いエリアに恩恵をもたらし、住宅地としての魅力が増しそうだ。

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