日本の底力

震災4年目/余震の中で新聞を作る113 ~飯舘の春いまだ遠く・その5 除染の実相(下)

河北新報編集委員が記録する「被災地のジャーナリズム」

2014年11月29日(土)
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除染後、草が茂った飯舘村須萱の田んぼ=8月30日

Vol.112はこちらをご覧ください。

写真文/寺島英弥 (河北新報編集委員)

120回目 ~飯舘の春いまだ遠く・その5 除染の実相(下)

深くぬかった須萱の田んぼ

まるで、草が伸びた赤土の荒れ地にしか見えませんでした。飯舘村を南北に貫く県道原町川俣線から山あいに入った須萱(すがや)地区。細長い谷間に沿って赤土色混じりの草原が連なっており、遠く見える集落の手前に真っ黒なフレコンバッグがピラミッドのように並んでいます。足を踏み入れると、雨後でぬかるんだ土に、長くつがどっぷりと埋まりました。

8月末、飯舘村の農家と支援者らの「ふくしま再生の会」一行に同行した先で目を疑ったのは、100枚近く連なった田んぼの除染後の姿でした。農地除染の先行箇所で、環境省の委託で飯舘村が13年1月から1年をかけた除染事業を代行発注しました。

再生の会は事前に現地の放射線量、土壌の放射性物質の濃度などを測っていた経緯があり、除染の効果などを確かめる検証調査を計画しました。物理学者でもある理事長の田尾陽一さん(72)と仲間のボランティアらは、一定間隔で田んぼ20枚を選び、長さ30センチの透明なプラスチックの筒を地面にねじ込む方法でサンプルの土を採取しました。

深さ15センチまで山砂と分かった須萱での調査で、サンプルを手にした田尾さん

除染作業の結果と実態は、最初の1本目のサンプル採取からあらわになりました。透明な筒に入った土の上半分は黄色っぽく、目視でも明らかに山砂でした。下半分の土は黒く、もともとの田んぼの土です。環境省の農地の除染基準は、家屋のまわりと同様に「表土から約5センチ」をはぎ取り、同程度の量の覆土(田んぼは主に山砂)をします。しかし、検証調査がおこなわれた田んぼでは、くわしい分析の結果、山砂の覆土が多くの地点で約15センチに達し、除染基準の3倍もの耕土が過度にはぎ取られ、失われていたと分かりました。

村の除染推進課に取材すると、「環境省の基準を守るのが当然だが、どうしても現場で重機を操縦する作業員の腕次第のところがあった」と、不慣れによるずさんな作業結果を認めました。農地除染の完了箇所はどこも、山砂に覆われて田んぼや畑の原状をとどめていません。須萱地区での大量の耕土喪失は、氷山の一角なのかもしれません。

避難生活中のある農家に話を聞くと、「除染が終わったと聞いて、見に行ったら、テニスコートになったようになっていた」「そのまま引き渡されても、どうやって復田をしたらいいのか分からない」と、変わり果てた景色に戸惑っていました。

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