【第68回】 「正常化」の定義と出口政策の見方---グリーンスパン元FRB議長の憂鬱
アラン・グリーンスパン元FRB議長 〔PHOTO〕gettyimages

米国経済はまだ十分に「正常化」していない

10月29日に、CFR(Council on Foreign Relations:米国外交評議会)主催でおこなわれたアラン・グリーンスパン元FRB議長の講演会の内容が非常に興味深いものであった。日本からもメディアが複数社参加していた模様だが、「グリーンスパン氏がFRB(米連邦準備制度理事会)の出口政策について慎重な見方をとっている」というきわめてシンプルなコメントのみが掲載されたに過ぎない。

筆者はCFRのホームページに掲載されていた講演録をみながら、YouTubeで講演を聴いてみた。グリーンスパン氏自体があまり明確な発言をしないタイプなので、リアルタイムで講演を聴いただけでは、非ネイティブの日本人記者には理解できない部分があったのだろう。そのためか、グリーンスパン氏がそのような考えに至ったロジックなどには一切触れていなかった。

ところで、筆者もFRBの出口政策については慎重な見方をとってきた。筆者は、かねてから米国経済が十分に「正常化」するまでは出口政策は実施しないほうがよいと主張してきた。そして、筆者にとっての「正常化」の定義は、「米国が、リーマンショック後の景気失速に陥っていなかったと仮定した場合の実質GDPの水準に到達すること」である。

たとえば、米国の鉱工業生産指数が、リーマンショック直前の水準に戻ったとニュース等で報道されたことがあったが、筆者の定義では、単に、リーマンショック直前の水準に戻っただけでは、「正常化」とはいえない。なぜならば、米国経済はずっと成長してきたためだ。

現在の米国経済の正常水準は、リーマンショック直前の状況から、リーマンショック前までの平均的な成長率(正しくは潜在成長率)だけ成長した水準でなければならないはずだ。この「定義」に従うと、単純計算で、リーマンショックが起きた2008年の実質GDPの水準を100として、米国の潜在成長率を3%に設定したならば、2014年末の実質GDPの水準が2008年から19.5%上の水準に位置していなければ、「正常化」が実現したとはいえない。

図表1. リーマンショック後の米国の実質GDPの推移

もう少し、正確に議論すると、リーマンショックが発生したのは2008年9月だったので、2008年4-6月期の実質GDP(14兆8,916億ドル)を基準として、その後、米国経済が実質で2.8%成長し続けたと仮定した場合の2014年7-9月期の実質GDPの水準は17兆6,055億ドルとなる。だが、実際の2014年7-9月期実質GDPは16兆1,506億ドルに過ぎない。「正常な実質GDP」の水準から9.3%低い水準である(図表1)。

以上より、米国経済は、まだ、十分、正常な状態で動いているとはいえず、それゆえ、FRBのQE(量的緩和)政策による株価上昇や住宅価格上昇といった資産効果の助けが必要になる。よって、正常化のプロセスをもうしばらく続ける必要があると考えている。また、「正常な状態」から9.3%も低い経済状況だから、当然、インフレ圧力も生じないし、長期金利にも低下圧力がかかるのは自明なことである。

これは、「1937年大不況」といわれる戦前の米国の出口政策の失敗時にもいえることである。当時も、世界大恐慌前の平均的な成長率を「正常水準」とみなすと、10%近い乖離があり、米国経済はまだ十分に「正常化」を実現していなかった。それにもかかわらず、FRBが断行した出口政策、さらに、これに財務省がおこなった増税も重なり、米国経済は再びデフレに陥り、より大きなQE政策の発動を余儀なくされた。

「結局、戦前の米国は、戦争でしかデフレを克服できなかった」と言われることが多いが、それは出口政策に失敗したからであると考える。もし、出口政策に失敗していなければ、1940年くらいに米国経済は正常化を実現させていた可能性が高く、出口政策は成功していたのではないだろうか。

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