[虎四ミーティング~限界への挑戦記~]
田淵幸一さん(野球解説者)<後編>「ONという高い山」

王の物真似でホームラン王

二宮: 田淵さんのプロ入り3年間のホームラン数は、1年目が22本、2年目が21本、3本目が18本と、ほぼ横ばいでした。東京六大学のホームラン王として、プロでもタイトルを期待されたことでしょう。しかし当時は、王貞治さんの全盛期。簡単に勝てる相手ではありませんでしたね。
田淵: プロ1打席目は代打で3球三振でした。ボールが見えず、一度もバットを振れなかった。“プロの球は速すぎる”と感じましたよ。少しでも早くボールに対応できるように、上段に構えていた打撃フォームをグリップを下げるように変えたんです。それから打てるようにはなってきましたが、ケガや病気もあり、王さんの相手には全くならなかったですね。

二宮: 4年目で一気に30本台(34本)に乗せたのは、何かきっかけがあったのでしょうか。
田淵: 巨人の王さんがなぜバッティングで足を上げるのか、疑問に感じたことがあったんです。私はすり足で打っていて、足を上げていなかったんですよ。それで一度、真似をしてみた。すると、打球の飛距離が全然違う。そこから私のホームラン人生の幕が開けたんです。

二宮: その3年後には初のホームラン王を獲得しました。それも王さんの14年連続本塁打王を阻止ししてのものです。開眼のきっかけは、一本足の物真似だったんですね。では同じ巨人の長嶋茂雄さんから学んだ点は?
田淵: 長嶋さんといえば、豪快に空振りしてヘルメットを落とすことがあったじゃないですか。私もお客さんが喜ぶと思って、同じことをやってみたんです。すると、それまで調子が良かったのに、スランプになってしまいました。人の真似もほどほどにしないといけませんね(笑)。

二宮: アハハハ。チームの主軸として王さん、長嶋さんと打撃タイトルを争う一方で、ポジションはキャッチャーでもあります。巨人と対戦する時には、バッテリーとして対峙しなくてはなりません。どんなON対策をしたのでしょう?
田淵: 王さんは、足を上げたヒザ元を狙いました。あとは高低をうまく使うことで、目線を上下に揺さぶりましたね。しかし、長嶋さんだけは読めなかった。長嶋さんのことを「動物的カンが優れている」と人はよく言いますが、私はそれよりもズルさを感じましたね。

二宮: 先の先を読んでいると?
田淵: 私がサインを出すでしょ。そうすると、こちらをパッと見ているんですよ。「長嶋さん、カンニングしちゃいけませんよ」と言うと、「ぶっちゃん。僕は左目でピッチャー見て、右目でキャッチャーを見ているんだよ」と返ってくる(笑)。“今度、オレもやろう”と思いましたよ。

二宮: アハハハ。実際、見えましたか。
田淵: 真似してみましたが、どうやっても見えなかった(笑)。長嶋さんには、こんなこともありました。ピッチャーが江夏(豊)の時に、長嶋さんが2打席連続三振をしました。すると3打席目、バッターボックスのラインを消しているんですよ。最初は“キレイに土をならすなぁ”と思っていたんですが、パッと江夏を見たらやけに遠く感じる。実は長嶋さん、江夏のボールをギリギリまで引きつけて打とうとしたのか、キャッチャー寄りにずっと下がって構えていたんです。だから、距離感が全然違った。「長嶋さん、(ボックスから)出ていますよ」と注意したら、「ごめんね~」と。あの人に悪気なんかないんですよ(笑)。

二宮: 水面下ではそんな駆け引きが繰り広げられていたわけですね。
田淵: ONは、日本のプロ野球では、名前を絶対に忘れられない存在です。それほど大きい山と戦ったことで、私自身はプロ野球選手として成長できたんだと思います。