読書人の雑誌『本』より
2014年12月01日(月) 東田勉

偏見と闘う介護者たち---『認知症の「真実」』著・東田勉

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講談社現代新書の編集部から『認知症の「真実」』のゲラが届いたのは、9月下旬のことだった。そこから私の「取材先行脚」が始まった。話を聞いて書かせていただいた方々に再度お目にかかり、ゲラを見ていただいて、表現に不都合がないか聞いて歩くのだ。

ある編集者から「そんなことをしているのですか」と驚かれたが、これには介護をめぐる特有の事情がある。私がこの本で紹介した介護家族は12人ほど。その中でも、認知症になった家族の顚末を包み隠さず話してくださった実名の介護家族に、私はどうしてもゲラを見てもらいたかった。それは、認知症の介護を公表している人たちが、世間の偏見にさらされているからだ。

この本には、認知症に関する最新の知見をすべて盛り込んだ。取材対象には、認知症治療の第一線で活躍する医療従事者や介護従事者が何人も含まれている。それらの人々に、ゲラを見せに行くようなことはしない。専門家の場合は、その人の意見を紹介しているのであって、個人情報をさらしているわけではないからだ。

しかし、介護家族は違う。自分の親や配偶者が認知症になって、苦しみぬいた家庭内の事情を赤裸々に語ってくれたのだ。赤むけになった皮膚のヒリヒリするような痛みに共感しながら書いた身としては、どんな些細な箇所であっても、無神経な物言いになっていないか、本人に確認してもらわなければ気が済まなかった。

自分のことが書かれたゲラを読み終えて、ある家族会(難病には友の会が結成されるが、認知症の場合は本人が語り合えないので、家族会が中心になる)の代表は、そっと瞼をぬぐった。家族会の代表は、自分の氏名と連絡先を公表することで、メンバーたちのプライバシーを守っている。この代表は、マスコミから「認知症の特集を組むので患者を紹介してほしい」と依頼され、幾度も信頼を裏切られた経験を持つ。最近もテレビで再現VTRをつくられ、スタジオのコメンテーターから「いやだ、怖い」「気持ち悪い」「こんな病気になりたくない」とネガティブな発言を連発された。

「認知症の人は、何もわからない人ではありません。本人はいろいろわかっているし、豊かな感情もあります。介護者が正しい知識さえ持てば、その人らしく生きられるのです。長生きだって、人生を楽しむことだってできます」

代表は、取材ディレクターにそう説明した。しかし、局側は「認知症の恐ろしさ」をクローズアップしようと躍起になる。

認知症は、偏見に満ちた病気だ。「病気だ」と言うことすら、一つの偏見になりかねない。認知機能が低下すると、80歳であろうが90歳であろうが「薬を飲んで治療しなければならない」というのがそもそも偏見である。国(厚生労働省)と製薬会社が、老化を認知症という病気にするためにどれほど精力を傾けたかは、この本の中で詳しく検証した。先進国の中で、日本だけが行っている認知症の精神科病院への入院と、抗精神病薬の使用についても。

しかし、「認知症を脳の病気だと決めつけず、環境や対応を見直すことから始めたらどうですか」と言えば、「私が悪いんですか」と家族から反発される。自分たちのせいではないか、と罪の意識を抱きやすい立場にいる家族は、「病気論」に傾きがちだ。「認知症は脳の病気」となれば「病気だから家族に責任はない」となるのだろうが、それでは解決にならない。この本では、認知症を病気とは考えず、ケアで落ち着かせる介護現場の取り組みも紹介した。

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