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二宮清純「秋山幸二-工藤公康の“政権交代”を演出した男」

~仕掛け人・根本陸夫かく動けり(後編)~

2014年11月21日(金) 二宮 清純

 福岡ソフトバンクの新監督に就任した工藤公康さんが、前監督・秋山幸二さんが付けていた背番号「81」を継承した理由はこうでした。
「(秋山前監督が)これまで6年間、ホークスの監督として多くの選手を育て、日本一を2回達成されました。それを僕が受け継ぐという意思の表れという意味で、一番ぴったりな背番号ではないかと思います」

社会人入りを翻意させた“東京のオヤジ”

 工藤さんも秋山さん同様、根本陸夫さんに見染められ、いわゆる“根本マジック”で西武入りした選手のひとりです。

 工藤さんは愛知・名古屋電気(愛工大名電)高の3年夏、エースとして甲子園に出場し、いきなり初戦でノーヒットノーランを達成します。左腕から繰り出されるキレのいいストレートと、昔で言うドロップのように鋭く落ちるカーブで三振の山を築き上げました。

 多くの球団が工藤さんの獲得に興味を示しましたが、卒業後は社会人野球の熊谷組への入社が内定していたこともあり、手を引きました。

 しかし、諦めなかった人物がひとりいます。当時、西武の管理部長を務めていた根本さんです。実質的なGMでもある根本さんが落としにかかったのが、工藤さんの父親でした。

「忘れもしませんよ。根本のオヤジに初めて会ったのは近くの『かに道楽』。ウチのオヤジが僕の横に座り、根本のオヤジが対面に座っている。2人ともにらみ合ったまま視線をそらそうとしない。一触即発とはあのことです。なにしろ一言も話さないんだから。せっかく目の前にカニがあるのに箸もつけられない。ヤクザの手打ち式じゃないのに……と思いましたけどね(笑)」

 それから、しばらくたったある日のこと、工藤さんは父親から、こう告げられます。
「オマエを西武にやることにした。今日から根本さんがオマエの東京の父親だ」

 かくして18歳の運命の歯車はコトンと音を立てて回り始めたのです。

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