ブルーバックス
『「進撃の巨人」と解剖学』
その筋肉はいかに描かれたか
布施英利=著

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「超大型巨人」の顔を覆っている白いひもは
筋肉なのか骨なのか……。

「巨人」の異様かつ圧倒的迫力の造形が、多くの読者を惹きつけてやまないコミック話題作『進撃の巨人』。社会現象にもなっている作品の魅力の根源とは? いまだ謎につつまれたままの「巨人」の正体とは? この二つの大きな「問い」に、「美術解剖学」が鋭くメスを入れる。かつてない試みの新書の登場!


はじめに

「美術解剖学」という学問があります。骨格や筋肉について学び、人体を描くときに役立てる、というものです。

 私は若い頃から解剖学の研究をしてきました。大学の解剖学教室で、解剖台の上にのったご遺体の、皮膚を剥ぎ、その下に現れた筋肉を、たくさんみてきました。そういう体験を通して、人体の不思議さと美しさに魅了されたものです。筋肉は、美しいのです。

 美術解剖学というのは、美術の制作、あるいは美術の批評のために、そのような解剖学の知見をベースにするものです。

 マンガ『進撃の巨人』には、いろいろな巨人が出てきます。その中で「筋肉の体」をした巨人が登場します。筋肉の模様を皮膚の表面に描いたように、いや皮を剥いて、あらわになった筋肉がそのまま体の表面になったような巨人です。そんな体が存在することがあり得るのか。マンガという表現は、なんと自由なのだろう。私は、この巨人たちのキャラクターに魅了されました。そして、その巨人たちを、ぜひとも美術解剖学の視点からみてみたいと思いました。なにしろ、筋肉!ですので。

 ここで本編の前に、『進撃の巨人』での体の描写を、ちょっとだけ覗いてみましょう。私が気になったのは、美術解剖学というものの「効用」についてです。たとえば、次の二枚を比べてください。

 第1巻に、三人の男を描いた、こんな絵があります(図A)。これを、連載が進んだ第14巻にある、背中や胸の描写と比較してみます(図B)。第14巻に描かれている体は、服を着ているにもかわらず、背中の骨や、肉のかたまりの感じが、その服の下に感じられます。体がそこに存在して、生きています。第1巻の絵に比べて、そのちがいは歴然としています。作者の腕は、ベンさばきは、連載の最中に明らかに上がっているようにみえるのです。

 この間に、何が起こったのか? 私はそれを、美術解剖学の効用、と考えます。作者の諌山創氏は、『進撃の巨人』の中で、骨格や筋肉をたくさん描いています。そういうことを繰り返すことで、人体が、よりリアリティをもって把握されるようになったのではないかと。

 筋肉の描写の変遷もみてみましょう。たとえば第1巻にある、巨人を背後から描いた、次頁のシーン(図C)と、第6巻にあるシーン(図D)。どうですか? 背中と肩の描写は、ずいぶんちがいます。

 さらに連載が進んだ、第12巻にある、巨人の背中もみてみましょう(図E)。ここでは筋肉が、二次元的なかたちであるだけでなく、三次元的な塊としての量感をもって描かれています。美術解剖学的にいえば、これは筋肉の表面をたんに描写しているだけでなく、その奥にある骨格が作る、体の三次元的な構造までも把握した上での描写になっているのです。

「進撃の巨人」を描き続けていくなかで、諌山氏は、いったいどれだけの筋肉と骨格を描いたことでしょう。作品になったもの以外にも、下書きや模写で、他にも筋肉や骨格を描いたかもしれません。多くの画家が、人体デッサンやクロッキーで、枚数を重ねトレーニングするように、諌山氏も作品制作の場で、結果として美術解剖学のトレーニング(筋肉と骨格の描写)をし続けたのです。そうすることで、筋肉などの解剖学的な描写はもちろん、「体そのもの」の描き方にも深みを増していくことになりました。これが「美術解剖学」というものの力です。

『進撃の巨人』は、マンガというメディアだけでなく、フィギュア、アニメ、実写映画、美術館でのオブジェ展示と、どんどんメディア展開しています。その始まりはマンガでの描写なのですが、それを思うとき、私は、なぜか画家レオナルド・ダ・ヴインチの『解剖手稿』のことを連想します。

 ダ・ヴインチは、『最後の晩餐』や『岩窟の聖母』『モナリザ』などの名画を描きましたが、いっぽうで人体の解剖をし、その研究成果を『解剖手稿』というスケッチとメモに残しています。私は、この『解剖手稿」こそ、ダ・ヴインチの絵画の原点だと考えています。名画の創作は、人体の解剖研究をベースにして、その『解剖手稿』でのスケッチから展開していったのです。同じく、マンガ『進撃の巨人』を、私は「諌山版・解剖手稿」とも考えます。そこは、美術解剖学探究の場でもあったのです。

 この本では、『進撃の巨人』で美術解剖学を学びながら、作者が到達した体の描写のリアリティを、体得していただこうと思います。美術解剖学の知見を一つ一つ会得してもらい、『進撃の巨人』はもちろん、あらゆるマンガや絵画を楽しむための、みる力(そして描く力)を身につけていただけたらと思います。

 さらに人体の探究というのは、筋肉と骨格を把握して、それで終わりではありません。人体は、生命三十数億年の進化の果てにできあがったものです。それだけ「深い」のです。『進撃の巨人』の巨人たちの体の表現にも、じつはそれに対応した「深さ」が込められています。その謎解きは、本文で……。

 では、巨人の体の解剖の始まりです。

(編集部注・本文中で参照されている絵(図A~E)については割愛させていただきました)

著者 布施英利(ふせ・ひでと) 
一九六〇年生まれ。批評家。一九八四年、東京藝術大学美術学部卒業。一九八九年、同大学院美術研究科博士課程修了(美術解剖学)。学術博士。東京大学医学部助手(解剖学)として養老孟司教授のもとで研究生活を送り、一九九五年より批評家として独立。科学と芸術の交差する「美術解剖学」をベースに、絵画、マンガ、文学など幅広いテーマと取り組んでいる。著書に『脳の中の美術館』(筑摩書房)、『マンガを解剖する』(ちくま新書)、『美の方程式』(講談社)、『色彩がわかれば絵画がわかる』(光文社新書)、『子どもに伝える美術解剖学』(ちくま文庫)他多数。
『 「進撃の巨人」と解剖学 』
その筋肉はいかに描かれたか

布施英利=著

発行年月日: 2014/11/20
ページ数: 232
シリーズ通巻番号: B1892

定価:本体  900円(税別)
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(前書きおよび著者情報は初版刊行時点のものです)