「聴くこと」を通じて、これまで語られていない魅力を伝える。それがインタビューの価値---インタビュアー・田中嘉
インタビュアー・田中嘉氏(11月中旬、新宿にて)

現代社会において、話す人は多くいるが、「聴くこと」ができる人は少ない。

もしまだ語られていないことを聴くことができるのならば、世の中にこれまで伝わることのなかった人・もの・ことの魅力を伝えることができる。聴くことにはその価値があるのにもかかわらず、それらはたいていの場合、"聴き手"の不足により語られずに埋もれている。

みなさんは、インタビュアー・田中嘉氏(23)を知っているだろうか。19歳でインタビューをはじめ、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)清水唯一朗研究会でインタビューを学び、20歳で日本インタビュアー協会認定インタビュアーの資格を取得している人物だ。

これまでに、音楽家・坂本龍一氏や元Google日本法人代表取締役・辻野晃一郎氏、スカイマーク株式会社代表取締役・西久保愼一氏、ジャーナリスト・佐々木俊尚氏、映画コメンテーター・LiLiCo氏など、150名以上にインタビューをおこなってきた。

2014年3月に慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、フリーのインタビュアーとして活動していたが、同年8月、徳島県美波町に1年間の移住を決意。地域の魅力発掘と発信に取り組んでいる。

今回、「EPOCH MAKERS 2020」で田中氏を取り上げようと考えていたところ、11月中旬に一時帰省したタイミングがあり、話を聴くことができた。インタビューとはなにか。その価値とは。彼の現在地を確かめる---。

インタビューは「音楽をつくっている感覚」

田中氏がインタビューをはじめたのは大学1年生の冬。そのきっかけを当人は「あまり覚えていない」のだという。「大学に入りさまざまな方にお会いしました。会ってお話を聞いたとき、その話を多くの人に伝えたいと思うようになったのです」。しかし、記事として書くよりもインタビューのほうが伝わると思い、インタビューに踏み出した。記事とインタビューの違いはなにか。

「インタビューは、ライターが自分視点で執筆する記事とは違い、読んでいると話し手の声が聞こえてくるものだと思うんです。加えて、質問と応答という対話スタイルで進んでいくため、言葉にならないニュアンスや表情まで伝えることができます」

自身のサイト上では、「インタビュアーと取材者の違い」と題して、その違いを別の視点からも書き記している。「取材者が話の『記録者』であることに対し、インタビュアーは話の『創造者』となるのだ。(中略)取材者は最終的に自分の伝えたいことを伝える"ライター"であるのに対し、インタビュアーは、相手の話(正確に言うと自分と相手の相互のコミュニケーション内容)を伝える"編集者"なのである」。

田中氏がインタビューの魅力を強く感じた、ひとつのきっかけがある。伝統産業を子どもに伝えるブランド「和える(aeru)」でインターンをしていた大学2年のときのこと。元IBM Venture Capital Group日本代表で、現在はプロフェッショナル・コネクターとして活動する勝屋久氏と、サイボウズ創業者の高須賀宣氏、和える代表の矢島里佳氏の対談を担当。そのなかで、感性的な勝屋氏と論理的な高須氏、真逆のふたりが話す様子に「人間と人間の対話がこんなふうに進んでいくのか」とインタビューのおもしろさを感じたという。

ライフワークとして考えていたインタビューに本気になった田中氏は、20歳で日本インタビュアー協会認定インタビュアーの資格を取得。インタビューやオーラル・コミュニケーションに対する関心の延長線上を進むなか、大学3年からは慶應義塾大学SFCの清水唯一朗研究会でインタビューを学んだ。「人がこれまで話したことのないことを話すにはどうしたらいいのか。それはどのようなときに起こるのか」というテーマを研究した。

卒業論文をみせてもらいながら、その要旨を振り返ってもらった。

「人がまだ話していないことを聴くためには、まず、その人の話の中から『まだ話していないことを聴くための入り口』をみつける必要があります。そのためには、話し手の『声の肌理(キメ)』に着目することが大切なんです。これは哲学者の鷲田清一さんの表現をお借りしているのですが、この『声の肌理』とは何かというと、人の声を2つに分解してみるとわかります。

声を分解してみると、言葉と音の2つの側面に別れます。肌理とは、"声の音"の中にみえるものです。目をつぶって家族などを思い浮かべてみてください。声の肌理とは、そのときに思い出される"そのひとの気配のようなもの"ともいえます」。

人の話を聴くことにおいて「声の言葉」にひきずられず、その「音の肌理」を聴くためには、「自分の体のあり方」が重要になるのだという。

「聴くことを身体的に考えてみて下さい。人の声は、身体のどの皮膚と皮膚による空気の振動で生まれます。聴くことは、相手の声を受け入れることですから、その振動と同調することともいえます。だからインタビューは、身体という『生きた2つの楽器』が共鳴し、ひとつの"音楽"をつくっていくようなものだと思うんです。だから実は、話の内容はあんまり聴いていないんですよ(笑)。

相手の『声』を聴きながら、声帯反応というか、相手の声と身体的なやりとりをしていきます。たとえば、自分が大きな声で問いかければ、自然と相手も大きな声で話したりする。インタビューは音楽活動に近いと思っているんですが、人の話をそういうふうに聴いている人はあまりいない気がします」

なぜそういう人が少ないのか。「そのほうがわかりやすいからではないでしょうか」と田中氏は言う。声の構造が「言葉」と「音」の2つから成ることは先に述べたが、そのことについて次のように話す。「言葉だけでも声じゃないし、音だけでも声じゃない。両方が組み合わさって声になるんですが、やっぱり言葉のほうがわかりやすいんです。僕はたまたま音のほうに興味があったし、音を聴く方が心地良い。言葉に興味があれば取材者に向いていて、音に興味があればインタビュアーに向いているんだと思います」。

学生時代終盤、田中氏は聴くことができる人が少ないことに問題意識を感じ、「聴く力」「聴く技術」を伝える機会をつくるようになった。

「現代は話す人が多すぎていて、聴くことをできる人が少しでも増えたらいいなと思っています。日々の人間関係も、話すことと聴くことで成り立っていますが、今は全体的に話す人が多く、バランスが良くない。

話を広げると、戦争や環境問題も"聴く力"が乏しいから起こっているといえます。一人ひとりの、聞こえないものを聴こうという意志が、多様性のある社会につながるのではないでしょうか」

田中氏は2013年12月、TEDxKeioに登壇。「創造的沈黙」をテーマにプレゼンした。小学校時代に良いところを「無口」と書かれたエピソードを振り返り、「聴くことは、質問ではなく、沈黙である」と語った。そして聴くことにおける沈黙の価値について、作家・サン=テグジュペリの「愛とは何よりもまず、沈黙のなかで耳を傾けることである」という言葉を引用して締めた。

この沈黙の原点は「能」にあるという。田中氏のプロフィールにはかならず「6歳より能を始め宝生流仕舞課程を修了」と書かれている。12歳まで習っていた「間」を大事にする能の経験が、「聴くことは、強引に話を引き出すことではない」という考えにつながっている。

能とインタビューが共通することについては、ゼミでインタビュー研究をしているときに気づいた。「能は不思議な芸能で、いまの演劇や舞台と違い、リハーサルがないんです。本番は常にぶっつけに近い。では、出演者同士がどうやってリズムを合わせていくかというと、それは相手の『間を取る』ことなんです。能ではそれを『コミ(深い息)』というのですが、そのコミの共有によって、徐々に演目のリズムが創られていきます。この人と人との間のあり方は、よく聴けたときのインタビューに通じるものがあると思っています」。

田中氏がプロデュースを務めたサイト「WITH EARTH
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