現代新書
「サードウェーブ」の上陸と「昭和レトロな店」の復活!
カフェ業界で今後生き残る店とは?

鈴木誉志男(株式会社サザコーヒー会長)×高井尚之(『カフェと日本人』著者)
経済ジャーナリストの高井尚之氏(左)と、ひたちなか商工会議所会頭でもある鈴木誉志男氏(右)

「サードウェーブコーヒー」の盛り上がり、セルフカフェに変わる「喫茶店の復活」、世界と戦う「バリスタ」の活躍など、さまざまな注目を浴びるカフェ業界。開業から1年で5割、3年で7割が閉店を余儀なくされるという淘汰が激しいこの業界において、ひときわ強い存在感を放つ店の1つが、創業45年の「サザコーヒー」(本店・茨城県ひたちなか市)だ。創業者でひたちなか商工会議所会頭でもある鈴木誉志男氏と、好評発売中の『カフェと日本人』(講談社現代新書)の著者で経済ジャーナリストの高井尚之氏が、人気業態の変遷や店の生き残りについて話し合った。

日本のカフェに刺激を与えた「サードウェーブ」

高井 2013年の大ヒット「コンビニコーヒー」から1年。2014年も「サードウェーブコーヒー」やセルフカフェに代わる「昭和レトロな喫茶店の復活」など、カフェ業界はホットな話題が続いています。鈴木さんは、まず米国発の「サードウェーブ」をどう見ていますか。

鈴木 業界に新たな風を吹き込んでくれたと思いますね。発祥地はサンフランシスコなどシアトル以外の米国西海岸ですが、店内は倉庫だったりするなどシンプルで、ニューヨークのSOHO地区を思わせます。店を飾り立てない、シンプルな発想は新鮮でした。

 その一方で、手作業のドリップコーヒーを看板にするなど、昭和時代の日本の喫茶店文化に似ています。サードウェーブの店主やスタッフのコーヒーに対する姿勢は真面目で、私を含めて日本の関係者が刺激を受けた点も多いのではないでしょうか。

高井 米国のサードウェーブは、スターバックスなどシアトル系に続く「第三の波」という意味ですが、日本での特徴は、(1)生産国での豆栽培重視、(2)流通過程の透明化、(3)自家焙煎、(4)淹れ方にこだわり1杯ずつ手作業で抽出する――といったもの。

 実は、1969(昭和44)年の創業直後から(3)と(4)を行い、交通や物流が発達した90年代以降は(1)と(2)をやり続けたのが、鈴木さんが会長を務めるサザコーヒーです。当初は、今回のサードウェーブで復活した器具のサイフォンで淹れていたそうですね。 

カフェと日本人
著者= 高井尚之
講談社現代新書/定価:本体760円+税

◎内容紹介◎

大正・昭和の「カフェー」とAKB48の類似点って?
なぜ名古屋人は喫茶好き?
210年前にコーヒーを飲んだ「人気文化人」といえば?
100年以上続く国内最古の喫茶店はどこ?
「音楽系喫茶」と「特殊喫茶」がたどった経緯とは?
「カフェラテ」と「カフェオレ」の違いは?
あなたにとって「カフェの存在」とは?
日本初の喫茶店から、欲望に応えてきた特殊喫茶、スタバ、
いま話題の「サードウェーブ」までの変遷をたどった、日本のカフェ文化論。

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鈴木誉志男(すずき・よしお)株式会社サザコーヒー会長・ひたちなか商工会議所会頭。1942年生まれ。大学卒業後、東京楽天地興業プロデューサーを経て、1962年サザコーヒーの1号店を現在のJR常磐線勝田駅前にオープン、1972年代表取締役就任。1996年勝田信用組合理事長を務めるいっぽう、1998年コロンビアにサザコーヒー農園を開設。1999年サザコーヒー会長に。直営店舗のサザコーヒー(物販・喫茶)は、現在、茨城県内に9店舗、東京都内に2店舗、埼玉県内に1店舗の計12店舗を経営。著書に『日本人のコーヒー店』(柴田書店)。東日本コーヒー商工組合理事、日本コーヒー文化学会理事も務めている。ホームページ:http://www.saza.co.jp/

鈴木 ええ。最初は爽やかなコーヒーをめざしていました。昭和40年代や50年代はコーヒーに砂糖とミルクを入れて飲むのが一般的でしたから、その後、お客さまの嗜好も変わり、ブラックを飲む方が増えました。布(ネル)ドリップで抽出し、なにも加えない、なにも入れずに、苦味のなかに甘味を重視するコーヒーをめざすようになりました。

高井 生産国での豆栽培を重視という視点では、すでに92~93年にブラジルやグアテマラ、コロンビアの農園と契約しています。早くからこうした活動を始められた理由は?

鈴木 今のようなネット社会ではないので、茨城県の地方店がコーヒー屋になろうと思った時に情報が乏しかった。喫茶店の専門誌や関連書籍はありましたから、バイブルのように読み返し、試行錯誤で味を高めていきました。

 でも現地の事情や農園主の素顔がわからない。「コーヒー屋がコーヒーの栽培を知らなければ、自信を持ってお客さまにすすめられない」と考え、現地にくわしい商社駐在員の力を借りながら、世界各国のコーヒー生産地を一緒に回り、農園主に会って対話し続けたのです。

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