メディア・マスコミ
後追いを隠す日本のメディア---小渕前経産相の政治資金報道でも貫かれた「読売のやり方」
10月20日、経産省で辞任記者会見を行った小渕優子氏 〔PHOTO〕gettyimages

「読売新聞独自の判断で取材したもの」

小渕優子氏を経産相辞任に追い込んだ政治資金問題が初めて報じられてからちょうど1ヵ月が経過した。今ではこれを「週刊新潮のスクープ」として記憶している人はあまりいないのではないか。

というのも、主要紙の多くは週刊新潮のスクープであるという事実に初報段階でしか触れておらず、一部は完全に無視していたからだ。これについては日本報道検証機構代表の楊井人文氏が調べている(詳しくは同氏のコラム参照)。

週刊新潮のスクープは、10月23日号(同月16日発売)の「小渕優子経産相のデタラメすぎる『政治資金』」。同月15日にスクープが出ることが分かると、同日付夕刊で毎日、翌16日付朝刊で読売、朝日、産経、日本経済の各紙が追いかけた。

初報段階では、読売を除く各紙が週刊新潮のスクープであるという事実に触れている。すぐにウラを取れなかったことから、他社のスクープを引用する転電形式で記事にしたとみられる。かつて「一部週刊誌によると~」という表現が横行していたのと比べれば前進だ。

では読売は? 日本報道検証機構による問い合わせに対し、読売広報部は「読売新聞独自の判断で取材したもの」と回答している。つまり、独自取材でウラを取っているのだから、週刊新潮のスクープに言及する必要はない、という考え方だ。

これは報道界で一般に受け入れられている慣行でもある。実際、毎日や朝日も続報段階では週刊新潮のスクープへの言及をやめている。独自取材でウラを取り、さらには新しい材料も入れて自社のニュースとして報じているから、その必要なしと判断したのだろう。

ウラを取れれば後追いである事実を隠してもいいのだろうか? 少なくともアメリカ報道界の基準ではノーだ。「日本には日本のやり方がある」という反論もあるかもしれないが、「日本のやり方」は伝えるべきニュースをきちんと伝えないなど読者本位になっておらず、報道倫理上問題含みだ。

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