川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」

東ドイツは不正国家だったのか? 東西ドイツ統一後明らかになったスポーツ選手のドーピング問題

2014年11月14日(金) 川口マーン惠美
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故・ゲルト・ボンク選手 〔PHOTO〕gettyimages

東独に酷使され、統一ドイツに忘却されたスター選手

10月20日、かつての重量挙げのスター、ゲルト・ボンク選手が亡くなった。「世界一強い男」として知られた旧東ドイツの選手。享年63歳。東ドイツのドーピング・システムの犠牲者でもある。

ボンクは、2002年に回想記を出版している。タイトルは"Verheizt von der DDR: vergessen vom vereinten Deutschland"。直訳すれば、「東独に酷使され、統一ドイツに忘却された」という意味になる。

1975年、重量挙げのスナッチで246.5kgの世界新記録を達成した彼は、翌年、その記録をもう一度引き上げる。そして同年、モントリオールのオリンピックで銀メダルを取るが、まもなく倒れ、二度の蘇生の試みにもかかわらず、意識不明となった。

復帰後の1980年には、糖尿病の診断が下される。それでも、モスクワ・オリンピックにノミネートされたが、直前になって、ドーピング検査で陽性の結果が出てノミネートは取り消し。これでボンクの選手生命に終止符が打たれた。

1989年、ベルリンの壁が落ち、ドイツが喜びに沸いている中、腎臓の機能障害などで重度の身体障害者となったボンクは、37歳で障害年金の受給者となった。用を果たせなくなった選手は、かつての栄光が剥げ落ち、普通の人と同じく、最低限の治療しか受けられなくなった。そんな中、車いすに座りながら、彼は前述の回想録を綴った。

東独でどんどん発破を掛けられ、称賛され、東西統一で民主主義に移行した途端に、今度は自分のしてきたことが無意味どころか、不正となり、そのうえ重篤な疾病に侵された彼の人生は、壮絶なものだった。

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