AI
小川和也×福岡伸一 【前編】
「いくらデジタルが進化しても、人間が人間としての存在意義を失うことはない」

[左]福岡伸一さん(生物学者)、[右]小川和也さん(グランドデザイン&カンパニーCEO)

生物と機械は異なる時間を持つ

小川 福岡先生の『生物と無生物のあいだ』は、繰り返し読ませていただきました。あちこちに付箋を貼り、線を引き、読むたびに納得させるところがあります。今回『デジタルは人間を奪うのか』という本を書かせてもらった際も、先生の本のフレーズがずっと心に残っていました。

先生は「機械には時間がなく、生物には時間がある」ということを書かれていますが、デジタルの世界では、新しいものを生み出そうとしている間に、技術そのものが古くなってしまうことも珍しくありません。経過していく概念としての時間はあるのではと思いますが、「機械に時間はない」とはどういう意味なのでしょうか。

福岡 時間というのは、科学的にも哲学的にも奥深い問題だと思います。横軸に時間の経過、縦軸に変化量を取り、定量的に示す時間は機械にも生物にもあります。

生物の時間は、ある仕組みのなかのエントロピーが増大することで、細胞なら酸化が起きたり、タンパク質の変性が起きたりして、放っておくと秩序が崩壊する方向に動く。エントロピーの増大を止めるのは熱力学の第二法則から不可能ですが、進行を緩やかにはできるので、生物の時間は、坂道をころがるようなものだと思います。

機械も、摩耗したり劣化したり、エントロピーの増大は起こりますが、因果関係が明らかです。Aが起こったからBが起こり、結果としてCになる。生物の場合、それが一定ではなく、Aの次にCが来たり、Bから始まったり、AとCが同時に起こったり。因果律というよりは、関係性がその場でいかようにも変わるため、生物の時間と機械の時間は違うと私は認識しています。
 

デジタルは人間を奪うのか
著者= 小川和也
講談社現代新書/定価740円(税込み)

◎内容紹介◎

世の中を加速度的に変えていくデジタルは人間に大きな恩恵をもたらす一方で、不思議な違和感をも生んでいる。デジタルの不気味さといかに向き合うべきか---。脳とコンピュータの接続、デジタル認知症、健常者の記録を破る義足アスリート、人間の仕事を奪うロボット・・・デジタルテクノロジーはわれわれをどこに連れていくのか。最新トピック満載の書。

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小川 なるほど、流れている時間の質が違うというわけですね。質の違う時間を持つ生物と機械、ここではデジタル技術ですが、同時に存在することの意味を『デジタルは人間を奪うのか』で考えてみました。象徴的だと思ったのは、プロ棋士とコンピュータとの戦いです。

いまコンピュータの精度がどんどん上がり、実力のあるプロ棋士に勝つ状況が生まれていますが、羽生善治さんは、「わくわくする」と。コンピュータと戦うことで、「将棋のセオリーが変わった」というんですね。将棋は終盤が佳境で、そこに至る布石をたくさん打っていくわけですが、コンピュータと戦うときは序盤がとても重要になるそうです。

重要なポイントが前倒しされ、戦略も再構築されるから「わくわくする」。もし、コンピュータに人間が勝てなくなったら、ルールを変えればいいともいっていて、これは示唆に富んだ言葉だと思いました。そもそも、なんのために人工知能やロボットをつくるのかという思想が、開発者に欠けてしまってはいけないということにもつながります。

人間の思想や意図があり、その上でグランドデザインを描かなければいけないのに、技術追究だけが先走ってはいけないと考えています。

福岡 その思想とは、どういうものを指しているのでしょうか?

小川 人工知能やロボットの開発に際して、「それをどう使うのか」という意味での思想です。例えば、ヒューマノイドのような人型ロボットが普及する日はそう遠くないとみているのですが、ロボットが家庭に入り、人間とどう共生するのか、思想やビジョンをもっと突き詰めることが重要なのではないかと。もちろん走りながら考える類いのこともありますが、ロボットや人工知能については、もう少し思想の深堀が必要だと思います。

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