The New York Times

ノーベル経済学賞受賞ポール・クルーグマン 東京発――経済的岐路に立つ日本の運命
【第2部】 ビジネス vs. 経済学

2014年11月10日(月) ポール・クルーグマン
upperline
追加金融緩和を決定した日銀---〔PHOTO〕gettyimages

米国の連邦準備銀行にあたる日本銀行は、約20年にわたり日本経済を苦しめてきたデフレを終わらせるための大きな取り組みを、ここしばらくの間進めてきた。これには、多くの紙幣を印刷すること、さらに重要な点としては、インフレが2パーセントに達するまで紙幣増刷を続けると投資家に確信させる試みが含まれており、これを始めたころは上手くいっているように思えた。しかし最近になって、経済の勢いが失速したため、先週、日銀は新たにさらなる積極的な金融措置を発表した。

ご想像通り、私はこの動きに大いに賛同するが、財政政策上の誤り(以下に詳述)のために、この政策は失敗するのではないかと懸念している。日銀は正しい決断をしたが、これは内部の大きな反対を押し切っての決定だった。実際のところ、この新たな刺激策は日銀の政策委員会のメンバー9人のうち、わずか5人によって可決されたもので、ビジネス界に近い人たちは反対票を投じた。これが今回のコラムのテーマだ。すなわち、ビジネスリーダーたちの経済知識、というか、その欠如についてである。

私がここ日本で話した人のなかには、日本の企業リーダーの多くが日銀の措置に反対しているということは、日銀が間違った方向に向かっていることを示していると主張する者がいる。こうした主張は、米国をはじめ、多くの国でよく見られる光景であり、経済の不調を修正したいのならば、大手企業のリーダーや起業家、富裕投資家といったビジネスで成功している人々の意見を聞くべきだという考えだ。つまるところ、お金の面で成功しているということは、経済が実際にどう動くかを知っているということではないか?

本当のところ、答えは「ノー」だ。事実、ビジネスリーダたちは、問題を抱えている時期には特に、経済についてとてつもなく間違ったアドバイスをすることがよくある。そしてその理由を理解することが重要なのだ。

間違ったアドバイスの例を挙げよう。

ベン・バーナンキに対し、連邦準備銀行の景気浮揚努力には「通貨価値の引き下げ」リスクがあると警告した超富裕な資産運用者たち。米国が直面する最大の脅威は財政赤字で、債務を改善すれば急成長がもたらされるだろうと大真面目に断言した多くの企業トップたち。日本では、近年の政策の成功を損なうことになった財政上の間違いの背後には、ビジネスリーダーたちの大きな力があった。彼らは増税を求め、そのために今年になって経済成長が失速し、来年も2回目の増税を求めているが、これはさらに大きな誤謬となるだろう。

一方、給与を支払う立場にいたことはないが、経済学の理論や歴史に造詣が深い政策立案者たちが正しいことがここ数年間で何度も立証されてきた。連邦準備銀行とイングランド銀行は、3世代に1回という大きな経済危機の舵取りを、ベン・バーナンキ、ジャネット・イエレン、マーヴィン・キングという元大学教授たちのリーダーシップの下で行なってきた。彼らの多々ある功績の1つは、紙幣の印刷を止めるよう要求するビジネス界の大物たちを拒否する勇気を備えていたことだ。欧州中央銀行は、キャリアの大半を学問と公共サービス分野で過ごしたマリオ・ドラギの主導でユーローを崩壊の危機から救った。

日銀政策委員会委員のメンバー---日本銀行のwebサイトより

明らかに、正しい経済分析をしたビジネスリーダーもいるし、間違った学者も大勢いる(ここで、いちいち名前を挙げるのはご勘弁を)。しかし、ビジネスにおける成功は経済政策に特別な洞察を与えるわけではなさそうだ。なぜだろうか?

私が何年も前に出版した論文のタイトルを引用すると、この質問の答えは、「国は企業ではない」ということだ。たとえ小国であっても、国の経済政策では、ビジネスの世界ではほとんど問題にならないような類のフィードバックを考慮する必要がある。たとえば、最大級の企業では、自社の従業員に売る自社製品は全体のほんの僅かに過ぎないが、非常に小さな国であっても、ほとんどの商品とサービスを売る相手は自分たち自身なのだ。

成功したビジネスマンが問題を抱えた経済を見て、ビジネスの経験から得た教訓を当てはめようとしたらどうなるか考えてほしい。彼または彼女(稀なケースだが)は、問題がある経済を問題を抱えた会社のように捉えるが、会社ならコストを削減し競争力をつける必要がある。ビジネスマンは、雇用を創出するには賃金を下げ、経費を削減しなければならないと考える。概して緊縮経営が必要なわけだ。当然ながら、赤字国債の発行による支出や紙幣増刷といった仕掛けでは、根本的問題を解決することはできないということになる。

しかし現実は、不景気な時に賃金や支出を削減すると、本当の問題、すなわち不十分な需要という問題をひたすら悪化させることになる。一方、超過支出や積極的な紙幣増刷は事態の改善に大きく役立つ。

しかし、こうした論理が特に実務的でない学者タイプの人から出てきた場合、それをどうやってビジネスリーダーたちに納得させることができるだろうか?――世界経済の運命は、これに対する答えにかかっているのかもしれない。

ここ日本では、もし従来型の慎重論が優勢となれば、デフレとの戦いは失敗に終わる可能性が極めて大きい。そうではなく、ビジネスリーダーたちの直観を抑え、斬新な考えが勝利をおさめることができるのだろうか。引き続き注目を。

(NOV. 2, 2014)
(翻訳:オフィス松村)

* * *

本記事はメルマガ『現代ビジネスブレイブ グローバルマガジン vol.101』(2014年11月7日)で配信した内容です。このメルマガには「【第1部】日本への謝罪」も収録しています。

Copyright(2014)The New York Times. All rights reserved by New York Times Syndication Sales Corp.This material may not be published,broadcast or redistributed in any manner.
 

このエントリーをはてなブックマークに追加 RSS
関連記事


underline
アクセスランキング
1時間
24時間
トレンドウォッチ
編集部お薦め記事