読書人の雑誌『本』より
2014年11月06日(木) 小川和也

可能性に満ちたものほど厄介だ---『デジタルは人間を奪うのか』著・小川和也

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先進的技術、機械や機器、コンピュータ、インターネット、データ。「デジタル」は元来の概念から多様化し、人間との関係性を深め続けている。デジタルは人間に多くの恩恵を与え、利便性にあふれた未来の社会づくりには欠かせないものとなった。人間がデジタルに依存する度合いは高まり、デジタルはそれに応えるかのようにその能力を向上させ、さらに人間の依存心を強めていく。

デジタルテクノロジーがこれから起こす革新は、かつての産業革命における技術革新とは次元が違う。人間よりもはるかに優れた知能や機能を保有した人工知能やロボットが世の中を席巻し、やがて人間の補助役には納まらなくなる。

とかく、可能性に満ちたものほど厄介だ。可能性が放つ光に目を奪われ、それが併せ持つ影、光の中に潜む負の部分は案外直視しきれない。しているつもりでも、光がもたらす熱狂にのまれてついつい受け流しがちになる。検索エンジンは楽になる道具に過ぎず、知識化や思考する時間は減っていると漏らす学生のエピソードや、高性能化した人工知能やロボットが人間の仕事や様々な社会活動を代わりに担うようになるという予測を前にし、このままでは人間の役割どころか存在意義までもが奪われかねないという危惧、すなわち影の存在を僕は消し去れないでいる。

いまこそデジタルがつくる様々な光と影を捉え、最終的に光が影で覆い尽くされないために必要なことを突き詰めたいと考え、『デジタルは人間を奪うのか』(講談社現代新書)を上梓することになった。

デジタルに人間を奪われないためのひとつのヒントがある。

国際的な学習到達度テストでいつも上位に名を連ねている国のひとつ、フィンランドの教育がそれだ。最近は、上海、シンガポール、香港、台湾などの台頭や経済環境を不安視されることもあるフィンランドだが、依然として同国の教育スタイルは示唆が多いと捉えている。他国と比較しても授業時間は少なく、基礎教育課程においては全国共通の学力テストもない。それにもかかわらず、同国の子供たちの学力は総じて高い。

一人ひとりに対して平等で機会均等な教育が与えられていたり(何しろ授業料も就学前教育から大学院まで無料だ)、教育の権限の多くを預けられている教師が優秀であることなど、教育システム全体の秀逸さが功を奏していることは間違いない。しかしことさら注目すべきは、その教育システムが「生徒が自ら考えて学ぶことを基本に据えていること」である。テストや順位付けのような手法で勉強を強制するという動機形成はせず、生徒の自主性が重視されている。教育現場では、生徒の学習プロセスを大切にし、単に教師が生徒に教えるだけではなく、生徒が能動的に「考え」「行動する」ように指導している。フィンランド流教育の特徴は、「自ら問題を見出し、解決する力」を養うことにある。

これに則れば、物語の読み方ひとつ変わってくる。たとえば「桃太郎」であれば、どのように犬・猿・キジを家来にするか、おじいさんとおばあさんに子供がいない等、物語の中に潜む問題点を見出す。さらに、その中でも最大の問題を特定し、解決すべきことの優先順位を見極める。桃太郎にとっての最大の問題が「鬼の存在」であるとすれば、優先的にそれを解決する方法を考える。フィンランドの教育の観点では、物語の中からそこに含まれる問題を抽出し、その中で最大の問題を判別、速やかに解決する方法を考えることこそが重要なのである。

暗記は必要な基本ルール程度で、そのルールを使って自ら答えを探すための方法を学び、考察することに重きを置く。子供たちは、学ぶ対象に対しても「そもそもこれは本当に必要なことなのか」という疑問を常に持ち続けながら学習しているという。彼らには「何を学ぶべきか」ということから考える癖が身に付いている。「深く考える力」を磨く教育こそが、フィンランドの子供たちを学力世界トップクラスへ導いていると言えよう。

ちなみにフィンランドでは、2010年7月1日、インターネットのブロードバンド接続を全国民の基本的権利と定めた法律が世界で初めて施行され、インターネット社会の可能性を積極的に探ろうとしている。この「深く考える力」が前提にあるならば、どれほどデジタルの光を浴びようが、デジタルに人間が奪われるようなことは起きないはずだ。人間はデジタルとの共存共栄をどのように実現すべきかを深く考え、デジタルテクノロジーだけをひとり歩きさせてはならない。人間の考える力は、これからますます高度化するデジタル社会、そして人間の命運を左右する。

(おがわ・かずや グランドデザイン&カンパニー代表)
読書人の雑誌「本」2014年10月号より

小川和也(おがわ・かずや)
アントレプレナー、デジタルマーケティングディレクター、著述家。1971年埼玉県生まれ。慶応義塾大学法学部卒業後、大手損害保険会社勤務を経て、2004年グランドデサイン&カンパニー株式会社を創業、代表取締役社長に就任。西武文理大学特命教授。ビジネスだけではなく、デジタルと人間や社会の関係の考察と言論活動を行なっている。日本で初めて同タイトルの概念をテーマとした著書『ソーシャルメディアマーケティング』(共著・ソフトバンク クリエイティブ)などを執筆。 大手企業や行政、アーティスト等の先端的デジタルマーケティング事例を数多くつくり続けている。著書、講演、メディア取材多数。

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小川和也・著
『デジタルは人間を奪うのか』
(講談社現代新書/税抜価格:740円)

世の中を加速度的に変えていくデジタルは人間に大きな恩恵をもたらす一方で、不思議な違和感をも生んでいる。デジタルの不気味さといかに向き合うべきか。

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