【舛添都知事日記】ロンドン視察で得た教訓は、五輪後の施設利用計画を設計段階から組み入れることの重要性
〔PHOTO〕gettyimages

市民が大会後の競技場を利用するロンドン

10月27日から1週間、ロンドンとベルリンを訪問した。幸い天候にも恵まれ、この時期としては珍しく、気温も20度近くまで上がり、快適な秋の欧州で仕事ができた。

まず、ロンドンでは、2012年のオリンピック会場を視察した。市長のボリス・ジョンソン氏自らが案内を買って出たが、彼は皆の力を結集して大会を成功に導いたリーダーである。保守党の中でも大衆に人気があり、まだ50歳なので次期首相候補にもなっている。気さくな人柄で、交通政策の一環として導入したレンタル自転車は、彼の名前をとって「ボリス・バイク」と呼ばれている。

東京は、ベルリンやパリ、モスクワと友好都市であるが、ロンドンとはまだそういう関係にない。かつて協力協定のようなものはあったというが、今はそれすらない。そこで、両都市間の協力を進めようということで意見が一致し、双方の事務方に準備作業にとりかかるように指示をした。ボリス(彼は、いつもファーストネームで呼ばれている)市長は、11月に東京に来る予定であったが、都合で延期になったので、来年の訪日を期待している。

ロンドンは、かつて廃棄物の処理場であった東部地域をオリンピック会場として開発した。これが「クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク」である。ここには選手村、メインスタジアム、水泳競技場、自転車競技場などの競技施設が揃っている。多くの競技場が、平日にもかかわらず市民に利用され、活気にあふれていた。ロンドンの学校にはプールがあまりないので、水泳施設は満員の盛況である。ハンドボールなど多くの競技の会場となったカッパーボックスは、プロもアマも等しく利用していた。

メインスタジアムは、観客席を減らす改修工事中であった。また、メディアセンターも視察したが、これもスタジオ、大学、オフィスなどに改修中であった。また、選手村が住居へと変貌している様も見ることができたし、広大な空間を住宅やオフィスビルへと転換していく計画についても説明してもらった。

ロンドン中心部から、「ジャベリン」と呼ばれる高速電車でオリンピックパークまで移動したが、この列車は日立製作所が製造したものである。明治維新のときには、日本はイギリスに鉄道技術を教わった。それが、今や先端鉄道技術を輸出する形で恩返しすることができている。明治維新、日英同盟、第一次世界大戦、第二次世界大戦、そして戦後と、両国間の緊密な関係を振り返ると、歴史の重みを感じざるをえない。

オリンピックパークのあるストラトフォード駅には、欧州一の大型ショッピングセンターが建設され、大変な賑わいとなっている。しかも、競技会場、選手村、駅、ショッピングセンターと人の流れがスムーズになるように設計されている。

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