町田徹「ニュースの深層」
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相次ぐ太陽光発電の買い取り拒否
関西電力があの黒部に小水力発電所を建設したワケ

2014年11月04日(火) 町田 徹
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関西電力仙人谷ダム(筆者撮影)

黒部ダムは、毎年100万人の観光客が訪れる観光名所だ。「立山黒部アルペンルート」の出発点として幅広く知られ、筆者が取材した先月(10月)19日も多くの人が内外から訪れていた。

電源とみた場合、北アルプスに源流をもつ黒部川水系は、国内有数の“水力発電所銀座”だ。人を寄せ付けない急峻な地形にもかかわらず、この水系は大正時代末期から開発が繰り返されてきた。51年前の完成当時、黒部川第四発電所(クロヨン)は国内最大の水力発電所だった。難航を極めた建設工事を描いた石原裕次郎主演の映画「黒部の太陽」を観た読者も多いだろう。近畿の電力危機を解消しただけでなく、経済成長を長年支えてきた発電所である。

その黒部川水系で今、ひと味違った発電所の建設が進んでいる。計画段階より増強してもクロヨンの620分の1にあたる540kWしか出力のない小水力発電所の「出し平発電所」だ。背景には、再生可能エネルギーとして「小水力発電」が脚光を浴びていることがある。あえて黒部の地を選んだ裏には、乱立によって各地で買い取り拒否騒ぎが起きている太陽光発電の轍を踏むまいという電力会社ならではの配慮もあるという。そんな黒部の最新事情をレポートしよう。

513億円を投じて建設

黒部川水系の水力発電所第1号は柳河原発電所だ。柳河原発電所は、関西電力の前身の一つである日本電力が大正13(1924)年に着工し、昭和2(1927)年に稼働した。以来、黒部川水系では急峻な渓谷を上流に遡る形でダムと水力発電所が次々と建設されてきた。現在は5つのダムと11の発電所があり、発電出力が合計で約90万kWに達している。これは大型原子力発電所(100万kW前後)に迫る能力である。

工事が最も過酷だったのは、昭和15年(1940年)の完成まで約4年の歳月を要した仙人谷ダムと黒部川第三発電所の建設だ。吉村昭の記録小説『高熱隧道』(=こうねつずいどう)によると、日中戦争が本格化する中で突貫工事が行われた。雪崩被害が多かったうえ、岩盤の温度が最高165度に達し、ダイナマイトが自然発火する過酷な環境で資材運搬トンネルを掘る必要に迫られ、300人を超す犠牲者が出た。

資材運搬用のトンネル工事が困難を極めたのは、黒部ダムとクロヨン発電所も同じだ。長野県大町市から北アルプスの赤沢岳を抜けるトンネルの工事では、地盤が脆く大量の地下水が噴出する破砕帯を掘り進んだことから、全体の犠牲者が171人に膨らんだ。彼らの名前は、ダム脇の慰霊碑に刻まれている。

当時の貨幣価値で513億円という巨費を投じたクロヨンは、完成当時、日本最大の発電能力を誇り、滋賀、奈良両県全域を賄うのに必要な電力を供給した。その後の増強もあって、クロヨンは現在、33万5000kWの発電力を持つ。

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