グローバリズムが、新・帝国主義に転換している状況を見事に押さえた本 中野剛志・著『世界を戦争に導くグローバリズム』

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」 読書ノートより

■読書ノート No.143

◆吉村萬壱『ボラード病』文藝春秋、2014年6月

作品の冒頭から、精神に変調を来しているとしか思えない少女の独白が延々と続く。しかし、それは妄想ではなく、海塚市の現実であることがよくわかる。

大災害の後、避難していた海塚市の人々は、市に戻り、絆を強化し、地産の安全な食材だけを食べ、共同で海岸や市街を清掃するようになる。清潔になった秩序ある故郷は、ファッショ社会に変容していたのである。

<浅い眠りの中を漂っている内に、朝になりました。

母は、大きなお尻をこちらに向けていました。呼吸をしていないかのように、全く動かない背中でした。

「朝御飯食べてから、清掃活動に行って来る」と私はその背中に言いました。

六時二十分に、玄関の引き戸の磨りガラスに野間夫妻の影が映りました。母のことが心配だったので、家にランドセルを置いて行きました。家の重い引き戸を閉めるのを、 ヌオトコ爺さんが手伝ってくれました。

音に気付いて振り返ると、引き戸の磨りガラスに「海塚サンサンモール」のマネキンが映っていました。それは、小さく首を振っていました。引き戸を聞けようとする母の影でした。私に何か言おうとしたのか、ただ私を見送ろうとしたのか分かりません。しかし力が足りず、聞けられないのでした。私は野間夫妻に引き立てられて足を止められず、こっそりと母に手を振るのが精一杯でした。それが母を見た最後でした。開けられない引き戸をガタガタとやる音は、いつまでも聞えていました。母は無駄な努力を、どうしても止められない人でした。

私は気持ちを切り替えて、清掃活動の中に積極的に溶け込もうとして難なくそれに成功しました。互いの声掛けも、笑い合いも、励まし合いも、音楽も踊りも、全てみんなが一つになれるように組み立てられていたからです。私はただ、それに乗っかるだけで良かったのです。余計なことは頭から瞬く間に消え去りました。全員が、海塚市民という一つの生命体の一部でした。そうやってみんなが固く結び合い、一塊りになって初めて、我々はこの素晴らしい世界にしがみ付いていられるのだと思いました。私はそこに何の抵抗も感じませんでした。それが世界の秩序を維持するための、最も正当なやり方なのですから。もしそのような紐帯がなければ、私たちは個々バラバラの単子に過ぎませんでしょう? 個々バラバラの存在のまま生きていくことが出来るほど、この世界は生易しくはない筈で す。世界は、絶えずその秩序と美とを更新し続けられなければ、忽ち崩壊してしまう危うく脆い理念型に過ぎないのです。病み上がりの私は、そのことを誰よりも分かっていました。>(156~157ページ)

東日本大震災以後、忍び寄るファシズムの影を見事に描いた作品だ。また、文体も初期の高橋和巳の観念小説『捨子物語』を想起させる。日本の小説が面白いと再認識した。

このテーマについて深く知るための「連読」3冊
・村上春樹『女のいない男たち』文藝春秋、2014年4月
・高橋和巳『捨子物語』新潮文庫、1981年
・新明正道『フアッシズムの社会観』岩波書店、1936年

■読書ノート No.144

◆中野剛志『世界を戦争に導くグローバリズム』集英社新書、2014年9月

グローバリズムが、新・帝国主義に転換している状況を見事に押さえている。ウクライナ情勢に関する分析も秀逸だ。

<ロシアのウクライナへの軍事介入に関し、アメリカのジョン・ケリー国務長官は、「信じがたい侵略行為。理由をでっち上げて他国を侵略する十九世紀のような行為を二十一世紀にすべきでない」と述べた。

この発言は、なかなか意味深長である。ケリー国務長官にとって、冷戦終結後の二十一世紀とは、政治的な自由主義、民主主義、法の支配、経済的な自由主義といった価値観に基づく国際秩序の時代である。他国を侵略するような行為など、もはやあり得ない世界になるはずだったのだ。

しかし、プーチン大統領には、二十一世紀は、そのようなバラ色の時代には見えなかった。二〇一四年三月一八日、プーチン大統領は、クレムリンにおいて、クリミア編入を正当化する演説を行ったが、その中に、次のようなくだりがある。

「ウクライナの状況は、今、世界で起きていること、そして過去数十年に起きてきたことを鏡のように映し出している。この惑星で二極体制が崩壊した後、我々にはもはや安定はない。鍵となる国際機関は強化されていない。反対に、多くの場合、悲しいほど劣化している。アメリカ合衆国が率いる西側諸国は、彼らの実践的な政策において、国際法よりも銃による支配を好んでいる。彼らは自分らの排他的特権と例外主義を信じ、自分たちが世界の運命を決めることができ、自分たちだけが正しいと信じるようになっている。彼らは好き勝手に行動する。そこかしこで、彼らは主権国家に対し武力を行使し、『我々につかない者は、敵』という原則に基づいて同盟を形成している。攻撃を正当化するため、国際機関から必要な決定を強制して出させ、もし何らかの理由でそれに失敗したら、団連安保理事会も国連そのものをもまったく無視する。

これがユーゴスラヴィアで起きたことだ。一九九九年を我々はよく覚えている。・・・・・・(以下略)

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol.047(2014年10月22日配信)より

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