読書人の雑誌『本』より
2014年11月09日(日) 東川篤哉

絶滅寸前の奇跡---『純喫茶「一服堂」の四季』著・東川篤哉

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謎解きはディナーのあとで』がヒットして4年。最近、街で八百屋さんや魚屋さん、あるいは靴屋さんでも金物屋さんでも、なんなら路上で相田みつを風の詩を書いた色紙を売っている詩人でも何でもいいのだが、そういった普通の商売(?)をやっている人たちを見ながら、「羨ましい・・・・・・」と思うことが多くなった。といっても、べつにミステリ作家を辞めて、別の商売を始めたいという意味ではないし、もちろん詩人になりたいわけでもない。問題は、自分の売り物が可視化できるか否か、という点だ。

早い話、八百屋さんの棚にトマトが一個も無いのを知りながら、「トマトおくれ」という客はいない。仮にそんな客がいたとしても、店主が「すんまへん、今日はもう売切れてもうて」とカラッポの棚を指差して頭を下げれば、よっぽどひねくれた大阪のおばちゃんでもない限り、「なんで売ってくれへんねん、このイケズ!」などとはいわないだろう。まともなお客ならば、「無いもんは、しゃあない」といって引き下がるはずだ。だがこの普通の対話が、ミステリ作家と編集者の間には成立しない。どういうことかというと―

本がヒットして以降、私は仕事量が激増し、毎月一本程度のペースでミステリ短編を書き続けてきた。当然のことながらすっかりネタが尽きた状態にある。つまり売り物が無いわけだ。かつて頭の中にも創作ノートの中にも溢れんばかりに存在していたアイデア、ネタ、ミソ、そういったものは、この四年間の創作に次ぐ創作のお陰で右肩下がりの減少を続けてきた。

それはいまや、乱獲が祟って数を減らしてしまったニホンウナギのように絶滅の危機に瀕している。いやもう、これは間違いなく断言していい。このままだと数年後には、鰻丼を食べながら東川篤哉の新作ミステリを読む人間は、この世から完全にいなくなってしまうはずだ(いまだって滅多にいませんけどね、そんな人は・・・・・・)。

ところが、このアイデアとかネタとかいわれるものは可視化できない。問題はそこにある。例えば、某出版社の編集者が「東川さん、ウチにも何か書いてくださいよ」といってきたとする。実に有難い話だ。出来ることなら書いてあげたい。いや、書いてあげる、などという不遜な言い方ではバチが当たる。ぜひ書かせてください、と頭を下げて引き受けるべきところなのだが、残念! ネタが無いんだなあ!

そこでこっちも頭を下げて、「すみませんが、ネタが無いんですよねえ」と恥を忍んで絶対の真実を口にするのだが、このような場合、編集者の反応は奇妙なくらい一致していて、「またまたァ、そんなこといってェ。この前、発表された『驚き橋の天狗墜落事件』、滅茶苦茶面白かったじゃないですかァ!」みたいなことを、ほぼ全員がいう(まあ、『驚き橋の天狗墜落事件』なんて作品、この世に存在しませんけどね)。

で、そんなときに思うのだ。ああ、私が八百屋さんなら、カラッポの棚を指差しながら、「ほら、なにも無いでしょ? 無い物は売れないですよね?」といってやれるのに│と。だが逆立ちしたってそれができない私は、結局なんの勝算も無いままに、また新しい原稿を引き受け、そして大乱歩の『二銭銅貨』の冒頭のごとく、小さな声で呟くのだ。「あの八百屋さんが羨ましい・・・・・・」と。

さて残る紙幅も尽きてきたので、そろそろ宣伝│いや、話の纏めに入らなくてはならないのだが、要するに私は何が言いたかったんだ? そうそう、このたび私は『純喫茶「一服堂」の四季』という作品を上梓するのだが、実はこの連作短編集、いま説明した《ネタ切れ地獄》から奇跡的に逃れられた作品集なのだ。

なぜなら私はこの4年間、『ディナー』で偶然手にした少年少女の人気を大事にするあまり、敢えて残虐非道な血みどろの殺人事件を扱ってこなかった。その分、私の創作ノートには猟奇殺人のネタだけが、まだ数種類ほど残っていたのである。だったら、もう愉快なキャラミスで少年少女のご機嫌を伺っている場合ではない。血が溢れ肉片飛び散る猟奇殺人で勝負しようじゃないか。

そんなふうに決意して書いた今回の作品だが、結果的に作者の想定を遥かに超えるほどに「グロい」でも「楽しい」そんな作品になったと自負している。

興味のある方は、ぜひ絶滅寸前の稀なる味をご賞味あれ!

(ひがしがわ・とくや 作家)
読書人の雑誌「本」2014年11月号より

東川篤哉(ひがしがわ・とくや)
1968年広島県尾道市生まれ。岡山大学法学部卒。2002年、カッパ・ノベルスの新人発掘プロジェクト「KAPPA-ONE登龍門」第一弾として選ばれた『密室の鍵貸します』(光文社文庫)で、本格デビュー。2011年『謎解きはディナーのあとで』(小学館文庫)で第8回本屋大賞を受賞。映像化作品も大ヒットとなる。他著作に『館島』(創元推理文庫)『もう誘拐なんてしない』(文春文庫)『放課後はミステリーとともに』(実業之日本社文庫)『魔法使いと刑事たちの夏』(文藝春秋)など多数。

東川篤哉・著
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