香港の民主化を訴えるデモ「雨傘革命」の答えを見つける旅~前編~

10月4日の午後、香港に上陸した。出発前日の夕方からフライトチケットを探したため直通便は高くてとれなかった。結局朝6時頃に羽田から仁川へ渡り、乗り継いで香港へ。香港に到着してすぐ、僕たちはデモの現場へ向かった。

デモの現場の様子:普段は車が走っている道を封鎖している学生たち

香港の民主化デモの経緯

プロローグにも書かせていただいたように、国内では香港の民主化を訴えるこのデモの報道がほとんどされていなかった。僕自身も調べる前まで、何が起きていて、何を求めてデモが起きているのかすら把握できていなかった。まずは、僕自身が調べ、学んだことをここへ記したいと思う。

香港は、中国のなかでも変わった歴史を辿ってきている。1997年にイギリスから中国へ返還され、一国二制度※1の下、中国初の特別行政区となったのである。その経緯から、正式名称は、中華人民共和国香港特別行政区なのだ。一国二制度によって、香港人による香港統治という高度な自治※2が認められている香港では、次回の2017年に行われる香港特別行政区行政長官選挙において1人1票の普通選挙が導入される予定だった。要するに、2017年の選挙においては全有権者の投票によって選挙が行われることが決まっていたのである。

※1一つの国、二つの制度 (一個国家・両種制度) 。中国が香港、マカオの主権を回復し、台湾との統一を実現するために 1978年末に打出した統一方針。
※2ダライ・ラマ14世がチベットについて中国に訴えた、中国政府が外交・防衛政策を担う一方、「独自の言語を持ち、自治政府が文化と環境に責任を有する」こと。

しかし、今年の8月に行われた全国人民代表大会(以下全人代)において立候補者を制限するという決定が下された。このまま選挙を行ってしまうと中国政府によってお墨付きのより良い立候補者が香港行政長官へ就任される可能性が高くなってしまう。当初は、2017年に民主的に選挙を行うというニュアンスが強調されていたが、中国政府側の人間のみしか立候補できない状況になってしまった。この状況に抗議をし、真の普通選挙実施と民主化を要求するために学生たちが立ち上がったのが今回のデモということなのだ。

香港という一国二制度にある場所が今まで通りに高度な自治を守りきれるのか、それとも巨大な中国政府、共産党政権に押しつぶされてしまうのか、そんな解の見えない状況が今の香港のリアルだ。

なぜ「雨傘革命」と呼ばれているのか

僕はこれまで民主化デモと書いてきたが、現地ではこの抗議活動のことを「雨傘革命」と呼んでいる。世界の報道機関などでも「umbrella revolution」または、「umbrella movement」として取り上げられている。