読書人の雑誌『本』
停電の賜物---『欠落』著・今野敏

『欠落』(講談社ノベルス)は、小説現代に連載中は、『シフト』というタイトルだった。当番とか、守備位置の変更だとか、ギアチェンジのことだとか、いろいろな意味合いがあり、いい言葉だと思った。

連載を終えてみて、語感が軽いという思いがあった。単行本担当の編集者N氏からも、そのような指摘があり、タイトルを変えることにした。

いろいろ考えたが、なかなかいいアイディアが浮かばなかった。この物語には、三人の警察初任科の同期が登場する。その三人が力を合わせることで、難問を解決していく。

だから、N氏は、三つの力が合わさると無敵になるというイメージで何か言葉を作れないかと言った。例えば、毛利元就の「三本の矢」的な発想だ。

私も、その考えには納得したが、さて、どうにもいい言葉が浮かばない。
結論が出ないまま、私は沖縄に出張に出かけた。沖縄にはマンションの一室を借りており、たいていはそこに滞在している。取材という名目で出かけるのだが、必ず何社かの編集者が沖縄にいる私を訪ねてくる。

それはそれでありがたいのだが、各社、そんな無駄な出張をする余裕があるのだろうか、出版不況などという言葉は噓なのではないかと、いつも思ってしまう。

その編集者の中に、N氏もいた。他社の編集者は、ホテルを取っていたが、N氏はなかなかの豪傑で、ホテルも予約せずに那覇にやってきたので、結局、私のマンションに宿泊することになった。

幸いマンションの一室といっても、ペントハウスなので、部屋がいくつもあり、泊まるのには何の問題もない。朝食だって、一人分作るも二人分作るも同じことだ。ソーキそばなど作って、二日酔いの男二人でもそもそ食うという生活だった。

そこに台風がやってきた。
忘れもしない台風十七号だ。台風に慣れた現地の人たちも、こんな大きな台風は久しぶりだと言うほどの強力な台風だった。すべての予定はキャンセルになり、私とN氏は、カップ麵などの非常食を買い込み、マンションに籠城することにした。

テレビでも見ながら時間をつぶせばいいや、などと軽く考えていたら、とんでもない。沖縄の台風は、半端ではなかった。しかも、超大型台風だ。頑丈なアルミサッシをものともせず、雨が吹き込む。屋上にあった古いバーベキューセットが風で行ったり来たりしている。ついに、停電してしまった。

こうなると、テレビも見られない。ノートパソコンもバッテリー切れが心配だ。N氏は部屋に閉じこもり懐中電灯で、本を読んでいる。たいした編集者根性だ。
 暗くならないうちに、と早々に夕食を済ませた後、一杯やりながら、いつしか『シフト』の改題の話になった。

三人の力がそろうことが重要だということを一言で表すいい言葉はないものだろうか・・・・・・。

二人でさんざん頭を絞ったが、なかなかいいアイディアが浮かばない。三つがそろうという概念に囚われてしまっていたのだ。

アイディアを練りながら、私は思っていた。電気が停まるというのは不便なものだ。今どきの住宅は、給湯システムも電気に頼っているから、シャワーからお湯も出ない。便利な生活というのは、裏返せばとても不便な生活なのだということがよくわかった。電気一つ欠けただけで何もできなくなってしまう。
そう電気が欠けただけで・・・・・・。

ここで、私はひらめいた。

三人いれば完全なのに、物語の中ではいつも誰かが欠けている。それがもどかしいわけだ。逆転の発想だ。私はN氏に言った。

「この作品は、三人の同期のうち、いつも一人欠けていることで物語になっている。『欠落』というタイトルはどうだ?」

そのタイトルが採用された。台風で籠城し、停電して不便な生活を強いられたことの賜物なのだ。

(こんの・びん 作家)
読書人の雑誌「本」2014年11月号より

今野敏(こんの・びん)
1955年、北海道三笠市生まれ。上智大学在学中の1978年に『怪物が街にやってくる』で問題小説新人賞を受賞。卒業後、レコード会社勤務を経て作家に。2006年、『隠蔽捜査』で、吉川英治文学新人賞、2008年、『果断 隠蔽捜査2』で、山本周五郎賞、日本推理作家協会賞を受賞。また「空手道今野塾」を主宰し、空手、棒術を指導している。近著に『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』『捜査組曲 東京湾臨海署安積班』『チャンミーグヮー』などがある。

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今野敏・著
『欠落』
講談社ノベルス/税抜価格:920円

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