読書人の雑誌『本』
裸眼力―『ヌードと愛国』によせて---『ヌードと愛国』著・池川玲子

ヌードと愛国』を準備中のこの数年間、ヘアヌード写真集やらヴィーナスの画集やら18禁のDVDやらが家中に積み重なった環境で過ごしてきた。わが家のワトソン君は、食事のたび、ダイニングテーブルの片隅に、それら肌色、肉色、ピンク色の史資料を寄せ集めながら嘆息する。ああ、なんというエロ親父目線な女性史研究者と暮らしていることか。もちろんそれは誤解である。私自身は自分のことを、「裸眼力」レッスン中の探偵見習いに擬している。裸眼力とは私の造語で、ヌードを読み解くリテラシーとかそんな感じ。

そう、描かれたヌードは、裸体であっても、「はだか」ではない。必ず意味が着せかけられている。いわく、官能、平和、母性愛、男らしさ、etc.。本書では、ヌード像が着込んだ多彩な意味を、女性史の知識と裸眼力を使って一枚一枚はがしていく。

近現代日本の、ハイアートからサブカルチャーにまたがる広大なフィールドから選んだヌードは七体。選択の基準は、彼/彼女らがまとっている意味に「日本」がちらついていること、そして未だに解き明かされていない謎をはらんだヌードであることだ。時代的には1900年代から70年代まで。有名な作品もあれば、全くのレア物もあるという面白いラインナップになった。

例えば映画。『黒い雪』(1965年)は「ワイセツか? 芸術か?」をめぐって社会問題化した作品だし、『日本の女性』(1941年)は、イギリスの帝国戦争博物館所蔵の珍品だ。日本の沈没船から押収されたという伝説つきの『日本の女性』の画面には、現存するフィルム中でおそらく最古のものと思われる日本人女性の美しいヌードが映し出されている。太平洋戦争前夜、国際観光局というお役所が作った観光映画になぜヌードが登場しなくてはならなかったのか。そこには『007』シリーズに通じる東西文化間の眼差しの問題が横たわっていた・・・・・・というのが、私の推理。

章立ては時系列。でも、どこから読んでも独立した歴史ミステリーとして楽しんでいただけると思う。

第一章 デッサン館の秘密―智恵子の「リアルすぎるヌード」伝説
第二章 Yの悲劇―「夢二式美人」はなぜ脱いだのか?
第三章 そして海女もいなくなった―日本宣伝映画に仕組まれたヌード
第四章 男には向かない?職業―満洲移民プロパガンダ映画と「乳房」
第五章 ミニスカどころじゃないポリスー占領と婦人警察官のヌード
第六章 智恵子少々―冷戦下の反米民族主義ヌード
第七章 資本の国のアリス―七〇年代パルコの「手ブラ」ポスター

いずれの章も、謎解きのポイントは二つ。

一つは時代だ。ヌードに限らずあらゆる創作物は、工業製品と同じく、その時代の政治や社会、そして文化から生み出される。ゆえに各ヌードは、おのおのが創られた時代の日本を着込んでいる。脱亜入欧を国是とし、幾度もの戦争を戦い、敗戦後はアメリカに寄り添いながら冷戦体制下で経済大国へ成り上がり、そして現在、グローバリズムのただ中でゆるやかに縮小しつつある日本。そのような時代ごとの国の形の変容は、各ヌードにどのように刻印されているのか。特に、女性の動向に配慮しながら推理を続けた。

もう一つは動機―創り手と国家の関係だ。近代国家は、国民を運命共同体として統合していくシステムである。その巨大システムに繫がれてしまった個人は、国家に対する愛情や忠誠心を常に問われ続ける。地域から、業界から、学校から、家族から、あるいは自問自答という形で。男女入り混じった創り手たちは、国家と個人をめぐる問いにどのように答えようとしたのか。それは愛国心と呼ばれる感情であったのか、もしくは(厳密には愛国心とは区別される)ナショナリズムであったのか、あるいは運命的に属さざるを得ないこの共同体に対しての憎悪や疑義であったのか。そしてその答えは、なぜ男のヌードという形を、あるいは女のヌードという形をとったのか。

裸眼力を駆使して七体のヌードがまとう謎を解き明かし、日本近現代史を、「はだか」にしていく。それが本書の目的だ。つまり、断じて、エロ親父目線の書物などではない・・・・・・わけだが、これについては読者の裸眼力によるご判断を待ちたいと思う。なお、各章(+コラム三本)ごとに相当数のヌード図版を掲載しているので、読書の場は選ばれた方がよいかもしれない。

さてワトソン君、長い間苦労をかけた。今夜こそは、すっきり片付いたテーブルでごはんを食べよう!

(いけがわ・れいこ 東京女子大学他非常勤講師)
読書人の雑誌「本」2014年11月号より

池川玲子(いけがわ・れいこ)
1959年愛媛県今治市生まれ。東京女子大学卒業。45歳で川村学園女子大学大学院に進学し、若桑みどりに師事。博士(文学)。専門は日本近現代女性史。現在、実践女子大学・東京女子大学・日本女子大学非常勤講師、大阪経済法科大学・敬和学園大学客員研究員。『「帝国」の映画監督 坂根田鶴子 「開拓の花嫁」・1943年・満映』(吉川弘文館)で第二十六回女性史青山なを賞受賞。共著に『「青鞜」を学ぶ人のために』(世界思想社)、“Japanese women:emerging from subservience, 1868-1945”(Global Oriental)、『ひとはなぜ乳房を求めるのか 危機の時代のジェンダー表象』(青弓社)、『着衣する身体と女性の周縁化』『歴史における周縁と共生 女性・穢れ・衛生』(ともに思文閣出版)など。

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池川玲子・著
『ヌードと愛国』
講談社現代新書/税抜価格:800円

竹久夢二がヌードを描き始めたのはなぜか。戦後まもなく、婦人警官のヌード写真が生まれた背景は? ヌードで読み解く近現代史。
1900年代から1970年代に創られた、「日本」をまとった七体のヌードの謎を解く。推理のポイントは、時代と創り手の動機。 時系列で並んだヌードから浮かび上がる歴史とは?極上ミステリーのような謎解き方式で、ヌードから近現代史を読み解いていく。

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