読書人の雑誌『本』
菊池寛とAKB48ファンの共通点とカフェの新潮流---『カフェと日本人』著・高井尚之

「オレは、抜きバニラ」

当時の上司がウエイトレスさんの顔を見るなり言った、この言葉を今でも覚えている。

社会人になった1986(昭和61)年に連れられて入った東京・赤坂の喫茶店でのこと。その店は上司の行きつけだった。

「かしこまりました」といって下がったウエイトレスさんが、やがて運んできたのは、普通のアイスコーヒー。

実は、この店のアイスコーヒーはサービスでバニラアイスが入っており(いわゆるコーヒーフロート)、それを抜いてほしいという注文だったのだ。カウンターの向こうでは黙々と作業をしていた。

「喫茶店」に、さまざまな思いを持つ人は多いと思う。21世紀に入ると「カフェ」と呼ばれるようになったが、この二つに明確な線引きはない。業態としては、スターバックスのような自分で飲食物を運ぶ店は「セルフカフェ」、店員さんが注文を取りに来る店は「フルサービスの喫茶店」と分かれるが、それは説明しなくてもご存じだろう。

総じて喫茶店という言葉には昭和、カフェには平成の香りが漂う。
そんなカフェ文化を、さまざまな切り口から分析してみたのが、今回上梓した『カフェと日本人』(講談社現代新書)である。

52歳になった自分の人生にも、喫茶店やカフェの存在は欠かせない。その理由は「喫茶王国」と呼ばれる愛知県で19歳まで暮らし、父親が百貨店に勤務していたせいもある。おかげで、小学生の頃から近所の喫茶店の「ミックスジュース」や、父の勤める百貨店にあった店の「クリームソーダ」を味わうことができ、喫茶店好きになった。

高校時代からは一人で利用するようになり、大学生や社会人になっても、気に入った店に足を運んだ。仕事でもさまざまな店を利用した。特にコーヒー通でもないのに、人気店に関する引き出しを多く持っていたのは、その後の取材で大いに役立った。

日本におけるカフェや喫茶文化と向き合い、今昔の店の業態を分析すればするほど、この国らしい「多様性」に気づく。それは外国の技術や文化を吸収して、使い勝手のよいものに改良するのが得意な、国民性に根ざすのかもしれない。そうした特徴は外食店でも同じだ。

この国はいいなと思うことの一つが、その日の気分で選べる外食の選択肢が幅広いこと。あっさりしたものを食べたい時、ガツンと肉系を食べたい時、フトコロ具合を含めて、それぞれの外食店が応えてくれる。他の国では、そこまで幅広い選択肢がない(と思う)。
メニューだけでなく、日本の喫茶文化は、多様な楽しみ方を与えてくれた。それを好んだ、昔の著名人の意外な行動もあった。

たとえば文藝春秋社を創業した菊池寛が、好みの女給(現在のウエイトレス)に入れあげて、店でいくら使ったのか。AKB48のCDを大量に買う現代人も真っ青の〝大人買い〟エピソードも紹介した。

一般の男性にとっても、若い女性の接客は、その店に通う大きな動機だった。現在60代の人にとっては「美人喫茶」が、30代半ばから50代半ばの世代にとっては「アンナミラーズのウエイトレス」が、青春の思い出になっているかもしれない。

新しいカフェの潮流もある。今年9月24~25日に東京ビッグサイトで行われた「ジャパン バリスタ チャンピオンシップ」で、「バリスタ」と呼ばれるコーヒー職人の日本王者が決まったが、このバリスタ育成に力を注ぐ店も増えてきた。

近年よく見かける、カフェラテの表面にハートや葉っぱの模様を描く「ラテアート」という技術があるが、日本人のコーヒーを淹れる技術やラテアートの技術は高く、世界王者も輩出している。コーヒー生産者とのコミュニケーションも求められるバリスタという職種は奥が深く、20代や30代の自己表現の場としての人気も高い。

コーヒー職人が黙々とつくった「抜きバニラ」と、コミュニケーションやトーク力も求められる「ラテアート」では、時代の空気感もまったく異なるが、昭和時代を思わせる喫茶店人気も復活してきた。

それもまた、店の多様性なのだ。

ふだん何げなく使う、カフェ・喫茶店に対する見方が変わるという意味では、今回の本は応えていると思う。一人でも多くの方に、カフェや日本人を感じていただければ、これほどうれしいことはない。

(たかい・なおゆき 経済ジャーナリスト、経営コンサルタント)
読書人の雑誌「本」2014年11月号より

高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト・経営コンサルタント。1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を活かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。2007年からカフェ取材も始め、専門誌の連載のほか、放送メディアでも解説を行う。『「解」は己の中にあり』 (講談社)、『なぜ「高くても売れる」のか』 (文藝春秋)、『日本カフェ興亡記』 (日本経済新聞出版社)など著書多数。

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高井尚之・著
『カフェと日本人』
講談社現代新書/税抜価格:760円

日本初の喫茶店から、欲望に応えてきた特殊喫茶、スタバ、いま話題の「サードウェーブ」までの変遷をたどった、日本のカフェ文化論。

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