[陸上]
白戸太朗「東京オリンピックで残すもの」

 日本ではチャリティがまだまだ定着しない。毎年、東京マラソンで募集している「チャリティ枠」も定員が埋まらない状況だ。10倍を超える倍率の一般枠との落差は歴然。未だ「スポーツ→社会貢献→チャリティ」という構図は、日本国内において認識が薄いという話を本コラムの148回目で書かせて頂いた。その後、いろいろと反響は頂いたが、もちろん世の中が急に変わるはずもない。そんな中で、来年の東京マラソンでは「オリンピックに向けて子供たちに残して行けるモノを作って行こう」という「レガシープログラム」をチャリティで行っていくことが決まった。

 2020年にはせっかくオリンピックという一大イベントが東京で行われるのだ。我々が生きている間にもう二度とないであろう自国開催。資金や施設の問題で未だに反対意見はあるが、開催が決まった今となっては、どうしたらやる意味があるのか、何を後世に残すのかという見地に立って考えないともったいない。そして、東京で行われる一大スポーツイベントとチャリティを、どのように関連付けていくのか……。大きすぎてなかなか難しいテーマである。

 そもそも、「残すモノ」とは何か? ここでの「モノ」とは施設などのハードではない。人口減少が問題になっている今は、ハコよりもヒトをつくることの方が大事なのである。

 となるとソフトの部分なのだが、考えられるのは「システム」や「機会」なのかもしれない。「競技力を向上し、国際的な競争力を高める」というのは各競技団体やJOCが積極的に行っている。そこに別軸で同じようなことをやる必要もないだろう。僕は、スポーツをする機会を提供し、それによってスポーツの楽しみ方や厳しさを学んで欲しい。スポーツを通じて、頑張ったり、仲間を思いやったりということを経験するチャンスをもっと与えるべきだと思う。その機会で味わえるリアルな体験こそが大切なのではないだろうか。