佐々木俊尚 現地レポート Vol.3
原発の暗い影を乗り越え、新しい「復興のグランドデザイン」を描くために

特別寄稿 そこに日本の未来はあるのか
〔PHOTO〕gettyimages

 極上の牡蠣で知られる気仙沼市唐桑町の水山養殖場。三陸の宝石のような場所だった。

 この養殖場の畠山重篤さんは、『牡蠣礼賛』(文春新書)などの著書でも有名だ。ここで獲れる牡蠣とホタテは天皇家にも献上されているという。しかし養殖場のあった舞根(もうね)の入江は高さ10メートル以上の津波に押し流され、畠山さんの養殖施設や作業場、事務所などもすべて流出してしまった。

「第一波を見て、これはダメだと山に逃げた。そうして第二波が来て、すべてさらっていってしまった。まだ水道も電気も来ていない。地震から40日、だんだん疲れてきたな・・」(畠山さん)。

 近くにまで仮設の電力線は来ているが、自宅には引いてくれていない。同行していた元気仙沼市職員の山内繁さんが「畠山さん、しつこいぐらいに要求しないとダメだよ。言い続けるとたぶんやってくれるはずだから」と助言する。その助言が効を奏したのか、数日後に電気は復旧した。

 牡蠣の稚貝は別の場所にあり、全滅は免れたという。高台にあった畠山さんの自宅は残り、スタッフも無事だった。だが約四十世帯あった舞根の集落で残った建物はわずか四軒。「ご近所さんが全部なくなっちゃったんだよね」。

 小さな入江には、盛り土された仮設道路だけが存在感を誇っている。かつて建っていたはずの民家はすべて消滅し、瓦礫さえもほとんど引き波で押し流されて残っていない。点々と残る門柱、それにコンクリートの土台だけが住宅の痕跡を残しているだけだ。海はすっかり静けさと青さを取り戻していて、入江には平和な陽光が降り注いでいる。

「まあ宿命だな」

 どの住民も、元の場所に家を建て直して住もうとは考えていないという。だが畠山さんは言う。「だれもが何かしら海に関わって仕事をし、海とともに暮らしてきた。これからまったく海と縁のない場所に引っ越して生活することはできないなあ」。そうして山内さんにこう話しかけた。

「近くの山をさ、造成して家を建てるとかできないかな? そこからここに通うしかないと思うんだ」。山内さんは考えながら答えた。「国有林だったら払い下げでなんとかなるかもしれないなあ。民間の所有だといったん買収しないといけないから手続はかなりたいへんになるな」

日本でチリ地震によって引き起こされた津波の影響〔PHOTO〕gettyimages

「チリ津波の時は、1メートルぐらいしか来なかったんだ。明治の津波も今回みたいな高いところまで来たって話はない。きっともっと大昔には大津波もあったんだろうけど、集落が全滅してもまた100年ぐらいするとだんだん元に戻って来ちゃうんだよな」と畠山さんは言う。

 そしてこうつぶやいた。「まあ宿命だな」

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