The New York Times

「ノー」よりも「イエス」で行こう!~キャンパスでの合意によるセックスに関するカリフォルニア州の画期的決定

2014年10月13日(月) マイケル・キメル,グロリア・スタイナム
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学生寮の自室で性的暴行を受けたコロンビア大学のエマ・サルコウィッツさんは容疑者が罰を受けるまで犯行現場であったマットレスを担ぎ続ける「Carry That Weight」を行っている---〔PHOTO〕gettyimages

肉体の侵入よりも私有地侵入のほうが罪は重い?

ほぼ知らない人が自宅に来て、荷物や何やらを運び込んで泊まるとしよう。それに対して文句を言ったら、「でも、ノーとは言わなかったですよね」という返事が返ってくる。

もしくは、酒を飲み、すっかり酔っ払って、家で眠ってしまっていたところに男が押し入り、前後不覚になっている間に物を盗んだと考えてほしい。飲酒は同意となるのだろうか?

性的暴力に関するこれまでのアメリカの法律では、これが実状だった。肉体への侵入は、私有地の侵入よりもはるかに大きな痛手であるにもかかわらず、法律上では私有地への侵入よりも軽く扱われる。そのため、家父長的な法律の暗黙の偏見が残存してきたのだ。いずれにしても、ごく最近まで女性は所有物であったし、現在でもそのような国はある。
現在のアメリカにおいてでさえ、とくにセックスと生殖に関しては、女性が自分の肉体に関して自己決定を行えるという人権は、論争の的になっている。

最近、カリフォルニア州で上院法案967が可決されたことが、性的暴力に対する理解と防止へのアプローチを根本的に変えるものとして、非常に歓迎すべきであるのは、こうした理由によるものだ。州議会において、52対16の投票後に全員一致で可決されたこの法案は、現在、ジェリー・ブラウン州知事の署名を待つばかりとなっている(署名は問題なく行なわれると予想される)。

これによって、カリフォルニア州は、いわゆる「イエスはイエスの意味」という法律を導入する最初の州として知られることになる。なぜなら、これは大学のキャンパスにおける性行為の同意に関する基準を変えることになるからだ。そしてこれは、今年の初めにオバマ大統領が発表した、キャンパスにおける性的暴力に関する取り組みの最初の対応でもある。

この法案が出されるまで一般的に使われてきた基準は、「ノーはノーの意味」であった。
仮に女性が「ノー」と言えば(もしくは体で抵抗するなどの意思表示をした場合は)その性的行為は合意によるものではないと見なされる。つまり、レイプだ。しかしこういった基準では、「イエス」と「ノー」の間にある、大きなグレーゾーンの残りのすべてが「イエス」と考えられることになる。つまり、明確に「ノー」という言葉がない限り同意があったとされるのだ。

「イエスはイエスの意味」という法律は、このグレーゾーンの定義を根底から変えることになる。黙っていることは同意ではなく、同意の不在を意味するのだ。明確な「イエス」のみが同意と見なされる。

もちろんこれは、完璧に理に適ったことであり、ほかの犯罪の解釈とも完全に一致する。それにもかかわらず、女性の平等や、女性が自分の肉体に関して自己決定権をもつことに反対する人たちからの怒号は避けられない。

「イエス」は自らの欲望の確認

カナダでは、1992年以降から「イエスはイエスの意味」が法律となったが、以前に増して厳しいこの基準が導入されたおかげで性的暴力の報告が急増した、ということはなかった。

アメリカでも1990年代に、長きにわたって教育改革の拠点となってきた、アンティオーク大学で同様の議論があり、性行為への同意には、「ノー」と言わなかった以上のことが必要であるという決定がなされた。この新しい行動規範では、「双方で同時にはじめられた」以外の性行為については、言葉による同意が必要であると定められている。

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