ライフ ドイツ 日本
「世界一住みやすい国」日本を旅した次女の変貌
川口 マーン 惠美 プロフィール
〔PHOTO〕gettyimages

日本人は信じやすい。日本というのは、基本的に騙す社会ではないからだ。別にしょっちゅう警戒していなくても大丈夫。道を歩いていて、覚えがないのに攻撃されたり、濡れ衣を着せられたりすることもない。おそらく大昔からそうだったので、日本人には警戒するDNAが希薄だ。何が入っているかわからない福袋に、きっとよいものが入っていると信じてお金を出すのは、世界広しといえども日本人しかいない。

そのおかげで、人間関係がぎすぎすしていない。私の日本での住まいは、世界有数のメガロポリスの中枢、東京であるけれど、近所の商店街で人々が話している姿を見ると、その表情はみな優しい。

「日本人って、本当に身ぎれいね」と感心する次女

先日、日本にいる私のもとへ、次女が遊びに来ていた。彼女は、ドイツで生まれ育ち、頭の中はドイツ人。日本が好きだが、新聞で読んだ与太記事をもとに、知ったかぶって批判もする。

その彼女が、日本国内、山陽から上高地、北海道まで、一人で日本の秋の自然を満喫した。数日旅をすると舞戻ってきて、私の住まいを壊滅状態にしたら、またいなくなるという、私にとってはかなりありがた迷惑な3週間だったが、彼女の視点が、けっこう面白かった。

たとえば、日本人はユースホステルで情報交換をしないそうだ。ヨーロッパにかぎらず、バルカン半島でも、南米でも、ユースホステルなど安宿の食堂では、どこに何がある、どこで安く泊まれる、何が面白いといった情報が、あらゆる言葉を駆使して飛び交うというが、日本では、多くの人間が隣同士に座りながらも、あたかもそこに誰もいないように、皆、一人で静かに自分のカップラーメンをすすっていたらしい。何故だ? という娘に、私もいい加減に答える。「日本人は引っ込み思案なのよ」と。

また、東京で一緒に電車に乗れば、「日本人って、本当に身ぎれいね」とやけに感心する。あまりにも当たり前でそんなことは考えたこともなかったが、そういえば、ドイツではおしゃれな人はまず電車に乗っていないし、乗っている人の多くはといえば、たしかに身なりが悪い。ボックス型の座席では、前の席に靴のまま足を乗せている人間は多い。そんなところに座っては大変。白いパンツをはいているとき、私は絶対に座席に腰掛けない。ドイツは、きれいな恰好の人は自家用車で動く社会だ。

きれいか汚いかの話では、さらに面白いことがあった。浅草と上野に行ってきたという晩、「上野にたくさんホームレスがいたわ。それも裸で」と言う。"日本の社会は貧富の格差が・・・"などと言い出すのかと思い、私はちょっと身構える。

すると、彼女は言った。「知ってる? 彼ら、上野の池をお風呂代わりに使っているのよ」。「まさか」と私。「本当よ。だって、通りかかった時、ちょうど裸の人が池から上がってきて、タオルで体を拭いていたもの」。

「???」 そして、その彼女が心から感心するように、こう言ったのだ。

「だから、日本のホームレスって清潔なのよねえ!」

エッ、褒めているの? さすがの私もガクッと力が抜けた。

彼女は看護学の勉強をしているので、実習で病院の各科からホスピスまでをすべて回っている。大病院で夜勤をしていると、ときどき、弱ったり、怪我をしたりしたホームレスが担ぎ込まれてくるのだそうだ。その人たちが、想像を絶するほど汚い。手など、垢が甲羅のように肌を覆っているのがすごい迫力で、彼女は、思わずケータイで写真を撮らせてもらったこともあったと言った。変な看護師だが、気持ちはわかる。

彼女が日本で感心したところは、ほかにも多々あった。一人旅をしていたため、おそらく観察眼が鋭くなっていたのだろう。町にゴミ箱がないのに、道にゴミが落ちていないのが不思議だとも言っていた。しかし、ゴミが落ちていないのは道だけでなく、電車の中もそうだ。

新幹線に乗ると、その清潔さには、私も毎回感動する。空のペットボトル一つさえ、置きっぱなしで下車する客はいない。終点に辿り着いた新幹線の清掃風景は、見る価値がある。ゴミが取り除かれたり、座席やトイレがきれいにされたりするだけではなく、瞬時のうちに、背もたれのカバーはすべて取り替えられ、テーブルはすべて拭かれ、そして、全席が進行方向にぐるりとひっくり返され、十分後には始発電車として待機している。

上野と成田空港を結ぶ京成電鉄のスカイライナーは、もっと凄い。清掃後、外で乗車を待っている人たちの眼前で、全席が自動的に動いて、方向が変わる。見ているドイツ人(外国人)の目が皿になる一瞬だ。

いずれにしても、これらを初めて見る外国人は、天地がひっくり返るほどの衝撃を受ける。そういえば、次女も口をあんぐりあけて見入っていたし、去年、三女は感動のあまり、一部始終をケータイで撮影した。清潔な車内空間は、こうして作りあげられる。これは、立派なノウハウだ。

それに比べて、ドイツでは電車も町も汚い。個人宅や会社など、プライベートの空間はかぎりなく清潔だが、公共の場がひどい。特に昨今、自治体がお金を切り詰めているため、多くは人々のモラルに託されているところがあり、それが機能しない。長距離列車も、料金だけは新幹線並みだが、おおむね汚いというか、最近ますます汚くなった。ゴミ箱は座席ごとにあるが、皆がいろいろなものを突っ込むので、たいてい溢れているし、座席の上にゴミを置いたまま降りる人も後を絶たない。

マシなのは1等車だが、もちろん料金はさらに高くなるので、果たしてその金額を支払う価値があるかどうかを考えてしまう。ただ、日本人である私はそう考えるが、世界にはもっと汚い国がたくさんあるため、ドイツ人が自分たちの列車を汚いと感じているとはかぎらない。どちらかというと、とてもきれいだと思っているだろう。すべては比較の問題、上には上がある。

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