石川次郎 第1回 「第1志望の高校に受かっていたら、その後のぼくの編集者人生はなかったと思う」

撮影:立木義浩

<店主前曰>

今回のゲストは石川次郎である。彼はわたしの大親友であり、畏友であり、ときにはライバルだったこともある。

わたしは最初に彼と会ったときから親しみを込めて「ジロー」と呼んでいた。ジローのほうはわたしのことを呼び捨てにはせず、やや遠慮がちに「シマちゃん」と呼んでいた。それは彼がわたしのことを2歳年上だと一方的に勘違いしていたからだった。

ジローはストレートで早稲田に入り、卒業後は当時花形だった海外専門の旅行会社に就職した。それから2年後にいまのマガジンハウスに転職し「平凡パンチ」の編集者となった。一方、シマジは1浪して青学に入り、さらに1留してから卒業し、集英社の「週刊プレイボーイ」の編集者になった。わたしが入社した年の10月に「週刊プレイボーイ」は誕生した。「平凡パンチ」から遅れること2年の創刊であった。

それから6~7年後、すでに業界でブイブイいわせていた石川次郎と初めて会った。センスのいいジローからすれば、当時のわたしは自分より少々老けて年上にみえたのかもしれない。しかし会った瞬間からお互いにとにかく気が合った。よく一緒にメシを喰い、酒を飲み、ゴルフをした。

アメリカ西海岸の名門コース、ペブルビーチでも一緒にプレイしたことがある。そのときのわたしはたまたま、スタートのミドルでバーディー、2番のロングでまたまたバーディーと、破竹の勢いだった。

「シマちゃん、今日はどうしたの。大丈夫か?」
「ジロー、それが大丈夫じゃないんだ。トイレに行きたくて我慢できないんだよ」
「じゃあ、その辺でやればいい」
「それが、大のほうなんだ。しかも猛烈な腹痛が襲ってきている」
「うーん、仕方がない。おれが見張っていてやるから、そこの窪地に入ってやっちまえよ」

そんなわけで、わたしはこのとき、盟友ジローに見守られながらどうにかことなきを得たのであった。

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