中国
香港の若者たちが反旗を翻した「雨傘革命」---習近平政権の内政と外交にもたらす影響は?
〔PHOTO〕gettyimages

香港の「雨傘革命」が盛り上がっている。学生たちが「香港政庁突入」の期限としていた10月2日の深夜に、梁振英行政長官が「学生との対話」をラジオで述べたことで、ひとまず最悪の危機は回避された。だが、学生が要求している梁行政長官の辞任を、本人は断固拒否しており、今後の展開は不透明だ。

北京の習近平政権からすれば、一国二制度で「中国の一部分」であるはずの香港の若者たちが突如、「反旗」を翻したことに、衝撃を受けているに違いない。

私は今回の「雨傘革命」を、2つの側面から注視している。すなわち、この運動が中国の内政と外交にどういった影響を与えるのかということだ。

古代中国の「法治」とは、皇帝が人民を縛るための道具

まず、内政から見ていこう。習近平政権の今年最大の内政関係のイベントは、10月20日から23日まで開く「4中全会」(第18期中国共産党中央委員会第4回全体会議)である。習近平主席は9月30日に、中央政治局会議を招集し、「中国共産党中央委員会による法治国家を全面的に推進するための若干の重大な問題の決定について」と題した長いタイトルの草稿について、「4中全会」で集中的に議論することを採択した。

この草稿に「法治国家」と書いてあるからといって、中国は長年の人治国家から、ついに法治国家へと生まれ変わるのかと考えるのは、早とちりというものだ。ここで言う「法治国家」とは、われわれ日本人が考える「法治国家」とは似て非なる概念だからだ。

思えば中国は古代から、世界で一番「法治」が発達した国家だった。一例を挙げれば、紀元前の漢代においてすでに、6000万国民の戸籍を整備し、裁判制度を敷いて法治体系を整えていた。恐るべき先進国家だ。

ただし、古代中国の「法治」とは、皇帝が人民を縛るための道具だった。すなわち、「皇帝以外は全員、法律に従わねば罰する」と規定することで、皇帝による専制政治システムを確立したのである。

この制度は、その後2000年以上にわたって連綿と引き継がれたが、1911年の辛亥革命によって破綻した。ところが、中国伝統の皇帝式の法治制度を否定し、破壊したものの、それに代替する制度を確立できなかったために、中国国内は混乱した。取って皇帝に代わる政治指導者の「正統性」を見出せなかったのである。

この混乱を収めたのは、中国共産党を率いる毛沢東だった。毛沢東は中国伝統の皇帝式法治制度に、マルクス主義を加味することで、制度矛盾を解消することに成功した。すなわち、階級闘争による止揚と、人民民主専制という概念を導入したのである。

毛沢東が説いたのは、無産階級が主体となった有産階級に対する階級闘争の結果、まずは有産階級を打倒する。次に、無産階級は、この階級に最大利益をもたらす人民民主専制を肯定することによって、最大限の幸福を追求していくという政治哲学だった。

つまりこれは、体のいい独裁専制体制であって、中国伝統の皇帝式法治制度と、ほとんど変わるところはないのだ。事実、毛沢東主席が手本にしたのは、「中国史上最強の暴君」とも言われる秦の始皇帝の統治方法だった。

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