読書人の雑誌『本』
「会社の破綻は人生の通過点に過ぎない」・・・山一証券倒産時に最後まで残った12人を描いたノンフィクション『しんがり』が講談社ノンフィクション賞を受賞!

第36回 講談社ノンフィクション賞受賞

清武英利・著
『しんがり 山一証券 最後の12人』
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1997年11月、四大証券の一角を占める大手、山一証券が自主廃業を発表した。店頭には「カネを、株券を返せ」と顧客が殺到し、社員や幹部までもが早々に再就職へと走り始めるなか、会社に踏みとどまり経営破綻の原因を追究し、清算業務に就いた一群の社員たちがいた。彼らは社内から「カネを稼がない、場末の連中」と陰口を叩かれていた人々だった・・・。

倒産の後始末のために最後まで残った12人の社員。筋を貫いた彼らの人生を描いたノンフィクション。
本書の一部は「スゴ本の広場」でお読みになれます

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――〔編集担当・青木〕私がこの本でもっとも強く感じたのは、「自分の会社がある日、突然潰れたときに、社員はどう生きるべきなのか」ということでした。ところで清武さんが、この『しんがり』でもっとも描きたかったことは何だったんですか?

清武 いきなり直球だなぁ(笑)・・・・・・。ええと、たとえば、普段は会社や組織で目立たないポジションにいても、上司の無理強いや理不尽さに流されず、職場で自分の信念を貫くタイプっているじゃないですか。私はよく「後列の人々」っていう言い方をするんですけど、新聞記者時代からそんな後列の人々に惹かれることが多くて、いろいろ記事にしてきたんですね。今回のこの本で描きたかったのも、一言で言うなら、こうした後列の人々と、そして土壇場で彼らが見せた「心の固い芯」のようなものでしょうか。「心の固い芯」とは、最後まで貫いた意地みたいなものですね。

――この本の装幀にはこだわった工夫がいくつかあって、たとえばカバーを本から外して広げると、物語の舞台となる山一證券の社旗がドカンと現れたりします。また、カバーのソデの部分には、「会社の終わりぐらいは真っ直ぐに生きてみたい」といった、本文に登場する人物たちの“名台詞”も並んでいます。彼らが、清武さんの言う「後列の人々」なんですね。

清武 そうです。あの至言の数々はすべて、会社が潰れる最後の最後まで会社にとどまって真相究明と清算業務を続けた山一社員―私が本書で描いた、後列の人々の言葉です。中でも特に私が好きなものは、「会社の不正に物分かりの良い人間になってたまるか」、そして「会社の評価など、人生のある時期に、ある組織の、ある人たちによって下されたものに過ぎない」という一節です。どちらも本書の主人公である、嘉本隆正さんから直接伺った言葉です。

――その嘉本さんは一九九七年に山一證券が破綻・自主廃業に追い込まれる直前、同社の常務として業務監理本部、通称「ギョウカン」の責任者に就任します。ここは主に会社の不正を監視する部署ですが、「稼いでナンボ」の営業第一主義がまかりとおる証券会社では煙たがられる存在で、社内では「場末」などと揶揄されていました。ところが、いざ会社が崩壊したとき、いちばん活躍したのは、そんな「場末」部署の社員だったというわけですね。

清武 社内の、それも過去の違法行為をバラされたくない上層部から激しい抵抗に遭いつつも、「なぜ突然会社がこのような事態に陥ったのか」を徹底的に調べて詳細な報告書にまとめたのも、ほぼ無給の状態を受け容れながら、顧客のための払い戻し作業を粛々と続けたのも、中心になったのは、このギョウカンの人々だったんですね。当時の彼らに「得」なことなどなにもなかったはずなんです。だけど、それでも彼らは自分たちの仕事を淡々とやり続けた。私はそんな彼らの行動がずっと不思議でならなかった。

――それで、新聞記者時代に取材した彼らのことをいつか書いてみたいと思っていたわけですね。

清武 はい、みなさんご承知のとおり、私は二〇一一年末に、読売巨人軍球団代表という立場から一介のジャーナリストに戻った人間です。裁判中なので詳細は語れませんが、その頃は、いろいろと辛いことがありまして苦しい思いをしました。そんなある日、ふと「山一のあの人たちに会ってみたい」と思ったんです。それまで私は、ギョウカンの彼らが「会社の後始末」という貧乏くじをひいたのだと考えていました。ところが、実際に会ってみると、彼らは一様に「自分たちが引いたのは決して貧乏くじなどではなかった」と言うのです。そこからですね、真剣に取材を始めたのは。