週刊現代
たとえ社屋を売ってでも
---魚住昭の誌上デモ「わき道をゆく」第97回

新聞が社会を救うことがある。その最たる例がベトナム戦争中のニューヨーク・タイムズだろう。
同紙は'71年、米国防総省の秘密報告書の全容を暴いた。報告書は、ホワイトハウスがベトナム戦争をめぐっていかに真実をねじ曲げてきたかを物語る第一級の資料だった。タイムズの報道は戦争終結('75年)に大きく貢献した。

杉山隆男さんの『メディアの興亡』(文藝春秋刊)によると、この歴史的スクープを放ったニューヨーク・タイムズの記者ニール・シーハンが来日した際、ある元記者がこんな趣旨の質問をしたそうだ。

「いくらニューヨーク・タイムズでも、そうした重大な、会社を危機に引きずりこむかもしれない記事をのせようという時は、やはり会議にかけるんでしょうね」

「いや、会議なんて、そんな大げさなものはありません」

シーハンは笑って答えた。

「あの時は、ぼくが副社長のジェームズ・レストンに呼ばれて、社長もいるところで例の秘密文書について話を聞かれただけです」

「レストンはどう言ったのですか」

「ひと言、これは本物か。ぼくが、本物です、と言ったら、レストンは、わかった、と言って(中略)部長会を開いて一席ぶちました。これからタイムズは政府と戦う。かなりの圧力が予想される。財政的にもピンチになるかもしれない。しかし、そうなったら輪転機を2階にあげて社屋の1階を売りに出す。それでも金が足りなければ今度は輪転機を3階にあげて2階を売る。まだ金が必要というなら社屋の各階を売りに出していく。そして最後、最上階の14階にまで輪転機をあげるような事態になっても、それでもタイムズは戦う」

東大医学部のことを書くつもりだったのに、こんな話を始めたのは他でもない。朝日新聞バッシングの異様さに我慢ならなくなったからだ。「売国」とか「日本人の誇りを傷つけた」といった悪罵が平然と投げつけられる現状を見ていると、一気に70年前に逆戻りしたような空恐ろしさを感じる。

この分だと、政府を批判したり、日本人が過去に犯した罪を反省したりする人に「非国民」のレッテルが張られる日は近い。いや既にそうなっているのかもしれぬ。

読者はご承知と思うが、朝日が慰安婦問題で報じた「吉田証言」に信憑性がないのは周知の事実だった。だから'93年の河野談話作成の際、証拠として採用されていない。'95年にアジア女性基金が設立されたときも同じだった。

その記事を今ごろになって取り消したからと言って仰々しく騒ぎ立てる方がどうかしている。「吉田証言」が嘘だったとしても、旧日本軍の組織的な関与の下、他国の女性の人権が蹂躙されたのは紛れもない事実である。

原発の「吉田調書」報道には確かに不備があった。が、誤報とまで決めつけられるかどうか私には疑問がある。少なくとも吉田所長の意図と違う場所に所員約650人が退避した事実はあったからだ。

慰安婦問題でも原発問題でも日本人の行動を美化しようとする空気が世の中に蔓延していて、異物は排除される。私はその空気が身震いするほど恐ろしい。

日本人の心のありようは最近ガラリと変わった。その契機になったのは3・11だろう。私はあの日から約1ヵ月、終日テレビにかじりつき、各紙の原発報道を隅なく読んだ。それと、某ルートから刻々と入ってくる政府部内の情報を突き合せた。

最悪のシナリオは、東日本の壊滅だった。政府内の一部ではその場合、福岡に臨時政府を置く案も極秘に検討されたらしい。そうした事態の深刻さを最も的確に把握していたのは、やはり朝日だった。