渡部昇一氏と本村凌二氏が世界史を縦横無尽に語った、対談の技法も学べる一冊

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」 読書ノートより

◆渡部昇一/本村凌二『国家の盛衰』祥伝社新書、2014年9月

渡部昇一/本村凌二・著『国家の盛衰』 ⇒Amazonはこちら

渡部昇一氏と本村凌二氏が世界史を縦横無尽に語る。リベラルな世界観の持ち主である本村氏が、渡部氏と正面から対決することを避けつつも、意見の違いははっきり残すという、対談の技法としても学ぶべきところが多い。

内容的には、歴史を類比的に解釈するという手法があちこちでとられている。例えば、ローマ帝国と大英帝国の差異についてだ。

<イギリスがローマから学ばなかったこと――本村

当時のイギリス以外のヨーロッパの国々、つまりフランス、スペイン、ポルトガル、オランダ、イタリアなどはあまりローマの統治システムから学んでいないように思えます。

それでも、知識層はルネサンス以降、つまり教会の力が弱くなり始めてからは勉強しています。

イタリアの外交官・思想家マキャベリ(一四六九~一五二七年)やフランスの哲学者・思想家モンテーニュ(一五三三~一五九二年)、フランスの法学者・思想家モンテスキュー(一六八九~一七五五年)などはローマ史から学ぼうという姿勢を持っていました。なかでも、マキャベリは、ローマの共和政期について『ディスコルシ(談論)』を著しています。彼の著作は『君主論』 が有名ですが、力を入れて書いたのは『ディスコルシ(談論)』のほうです。

イギリス人が学ぼうとしたのはローマ史の政治と支配システムが主でしたが、そのなか から「分割して統治せよ」や行動の規範、モラルのあり方など、多くのことをローマ人から学んでいます。特に、アングロサクソン人やゲルマン人が今でも長けている「情報をどのように整理して、使っていくか」は、ローマから受け継いだと言えるのではないでしょうか。後述しますが、特に、イギリスのやり方はアメリカにも受け継がれ、それは「アングロ・アメリカン帝国」と言ってもいいほど際立っています。

ローマ史から学んだイギリスですが、インドでは寛容の精神が欠如した人種差別を行な うなど、植民地経営に失敗します。ローマには人種差別はありませんでした。西アジアや北アフリカに分布するセム族や黒人だからといって、深刻な人種差別をローマ帝国はしませんでした。人積差別以前に、自由民と奴隷との身分的な差別があったので、人種的な差別は希薄だったとも言えます。

イギリス人も、植民地は寛容に支配しなければいけない、ということは十分にわかって いたはずです。ところがインドでは、イギリス国王の勅許会社であり、アジア貿易の独占を認められたイギリス東インド会社が、人種差別と強圧的な支配を行なったため、一八五七年の「インド大反乱(セポイの反乱)」につながりました。

イギリスは反乱鎮圧後、イギリス東インド会社を解散させるいっぽう、のちに名宰相と謳われた首相ディズレーリ(一八〇四~一八八一年)がムガル帝国のバハードゥル・シャー二世を追放し、ヴィクトリア女王(在位・一八三七~一九〇一年)を初代インド皇帝に据えて、支配力を強めました。その後、イギリスは、インド人どうしの対立を巧妙に利用しながら統治を行ないますが、一九四七年、ついにインドの独立を許すととなります。>(159~161頁)

特に<アングロサクソン人やゲルマン人が今でも長けている「情報をどのように整理して、使っていくか」は、ローマから受け継いだと言える>という指摘が重要だ。

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol045(2014年10月1日配信)より

このテーマについて深く知るための「連読」3冊
・水野和夫『世界経済の大潮流――経済学の常識をくつがえす資本主義の大転換』太田出版、2012年
・柄谷行人/佐藤優他『「世界史の構造」を読む』インスクリプト、2011年
・高山岩男『世界史の哲学――戦後日本思想の原点』こぶし文庫、2001年