カイジ「どん底からはいあがる」生き方の話
【第11回】死んだように生きる人生から抜け出すために


漫画『賭博黙示録 カイジ』とは?

自堕落な日々を過ごす主人公、伊藤開司(いとう・かいじ)。そのカイジが多額の借金を抱えたことをきっかけに「帝愛グループ」をはじめとする黒幕との戦いに挑んでいく大人気漫画。命がけのギャンブルを通じて、勝負師としての才能を発揮するカイジだが、その運命は果たして・・・。

(作者:福本伸行 講談社『週刊ヤングマガジン』で1996年11月号~1999年36号まで連載された作品)


【第10回】はこちらをご覧ください。

人間万事 "塞翁が馬"

ぼくは、3年前くらいに、突如小麦アレルギーを発症しました。

お好み焼きを食べた数時間後にランニングをしていたら、突然全身に蕁麻疹ができました。その後、目の前が暗くなり、立っていることができなくなりました。いわゆる「アナフィラキシー・ショック」だったようです(スズメバチに刺されて人が死ぬことがあります。それはこのアナフィラキシー・ショックが原因だそうです)。

それまで大好きだったラーメンはもとより、パン、パスタ、ピザ、うどん、そば(十割そば除く)、お好み焼き、たこ焼き、焼きそば、肉まん、ハンバーガーなどなど、かなりの食品を食べることができなくなりました。

小麦はありとあらゆる食べ物に入っています。揚げ物の衣、カレーのルー、洋菓子。それに、細かいことを言うと、醤油の中にも入っています(ぼくは、アレルギーが発症するまで、醤油は大豆から作ると思っていたのですが、「大豆&小麦からつくる」が正解でした)。

ただし、ぼくの症状はそれほど重くはないため、醤油を口にしても問題ありません。それでも、これまで好んで食べていたものは、ほとんど食べられなくなりました。

特にぼくは、大学の時から、「ラーメン二郎」が大好きで、アレルギーが発症する直前まで週3回程度、食べていました。友人には「"最後の晩餐"はラーメン二郎」と宣言するくらい好きでした。ですが、このアレルギーが治るまで食べることができません。

大阪に旅行に行っても"粉モン"はダメなので、食べられるものは、かなり限られます。海外旅行にも行かなくなりました。また、アルコールを飲むと、アレルギーを誘発するという話を聞いてから、大好きだったお酒も絶ちました。

こういう状況を周囲に伝えると、同情されます。いろいろと気遣って声をかけてくれる人もいます。ただ、少し違います。

ぼく自身は、自分でこのことを「不幸」だと思っていません。小麦アレルギーを宣告された時も、不思議と落ち着いていて「あらら、じゃあラーメン食べられないね」くらいの感覚でした。強がりで言っているのではありません。本当に自分で不幸だとは思っていないのです。

たしかに、「面倒」だとは思います。いちいち原材料を確認しなければ食べられないし、会食に行っても、その都度事情を説明しなければいけません。これはなにげに結構面倒な作業なんです。でも、自分で自分を不幸だと思ったことはありません。

なぜ不幸だと思わないか? それは、「人間万事 塞翁が馬」だと考えているからです。

「(人間万事)塞翁が馬」とは、中国のことわざです。「人生における幸不幸は予測しがたいということ。幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるかわからないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないというたとえ」(故事ことわざ辞典)です。

塞翁とは、「塞(とりで)」に住む老人のことです。ある日この塞翁が飼っていた馬が逃げていなくなってしまいました。これは「不幸な出来事」です。しかし、この不幸が幸福に転じます。やがてこの馬が、もう1頭、駿馬(足が速い立派な馬)を連れて帰ってきたからです。

しかし、この幸福が不幸に転じます。塞翁の息子がこの駿馬に乗って遊んでいたところ、落馬して足を骨折してしまいました。ですが、再びこの不幸が、幸福に転じます。その後すぐに戦争が起き、健康な男性はみんな徴兵され、ほとんど帰ってきませんでした。落馬し、骨折していたことで、この息子は死なずに済んだのです。

このように、幸福だと思えたことが不幸に転じ、不幸に思えたことが幸福に転じるというということです。ぼくはこのことわざを自分に都合よく解釈し、「不幸に思えたことが幸福に転じる」と理解しています。いま、不幸に思えることでも、それがめぐりめぐって幸福に転じることがあります。というより、不幸はやがて幸福に転じるものだと思っています。

ぼくが小麦アレルギーを発症しなかったら、おそらく継続して身体に悪い食生活をしていたでしょう。そして、いずれ癌やその他の生活習慣病になっていたかもしれません。また、アルコールを辞めていなければ、たとえば酔っぱらって事故に会ったり、肝臓を壊したり、大事な場面で大失態をやらかしていたかもしれません。それを止めてくれただけかもしれないのです。

「そんなこと、なぜわかる?」

人によってはそう思うかもしれませんね。たしかに、本当にそうかはわかりません。でも、本当にそうかもしれませんよね。神様が仕組んだとか、そういうことではなく、現実問題として、食生活が変わったことで体調が変わり、お酒を飲まなくなったことで不用意な事故に巻き込まれるリスクが下がったことは事実です。要は考え方次第なのです。

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