川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」

領土と国民を誰が守る? 平和憲法の"おとぎ話"から抜け出せない日本の「集団的自衛権」について

2014年09月19日(金) 川口マーン惠美
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首相官邸前での集団的自衛権行使容認に反対するデモ活動〔PHOTO〕gettyimages

国際紛争における大国の役割を意識し始めたドイツ

われわれ日本人は、甚だしく非常識なのではないかと思うことがときどきある。たとえば、今、問題になっている「集団的自衛権」がそうだ。集団的自衛権というのは、ある国が武力攻撃を受けた場合に、これと密接な関係にある他国が共同して防衛にあたる権利 (三省堂・大辞林)だ。

1945年に署名・発効した国連憲章第51条では、加盟国の「固有の権利」として明文化されている。しかし、日本はそれを持たない。憲法第9条があるので、この権利を行使できないと、日本政府が解釈してきたからだ。

そもそも「集団的自衛権」というのは、日本語では"権利"であり、行使するもしないも、その国の裁量に任されたような意味合いとして理解されているが、ドイツ語では「Beistandspflicht(Beistand=援助、Pflicht=義務)」で"義務"となっている。

世界の常識から言えば、自国の防衛は自分でするのはもちろんのこと、同盟国、あるいは、同じ組織に加盟している他国が攻められた時にできるかぎり援助するのは、権利というよりも義務なのである。日本という独立国は、これまでその義務をちゃんと果たさずにきた。

ドイツも、集団的自衛権の行使にはかなり躊躇してきたところは日本と似ている。ドイツと日本は、戦後、連合国によって軍隊も産業も解体させられ、農業国にされそうになった国だ。しかし、そのおかげで戦争に駆り出されることもなく、両国とも経済大国になることができた。

そのドイツが、初めて武器を持って戦ったのは、つい最近、アフガニスタンでのことだ。というよりも、戦うつもりはなかったが、いろいろな援助をしている間にタリバンから攻撃されるようになり、戦わずにはいられなくなったのだった。

現在は、イラクのクルド族がIS(イスラム国)の攻撃に対抗できるようにと、武器を援助し始めた。その是非はさておくとして、ドイツが、今、国際紛争においての自国の大国としての役割を意識し始めているのは確かだ。

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