現代新書

特別寄稿 新しい「体育」を
―― 尹雄大著『体の知性を取り戻す』に寄せて

「小さく前へならえ!」
「気をつけ! 休め!」
長年、社会が要請する「正しい」鋳型に合わせてきた結果、私たちの体は知らぬ間に〈不自由〉になっている。
でも、自分の体のことは、自分が一番わからない。
あらかじめ体に装備された力とは何か?
どうすればそれを取り戻せるのか?
柔道、キックボクシング、古武術、韓氏意拳……

あまたの武道を遍歴した尹 雄大氏による全く新しい身体論 『体の知性を取り戻す』(講談社現代新書)がいよいよ刊行されます。発売に合わせて、武術研究家の甲野善紀氏が、本書に対して推薦文を寄せてくださいました。ぜひご一読を!

刊行にあたって武道家の甲野善紀氏と思想家の内田樹氏が推薦文を寄せてくれた

尹雄大(ユン・ウンデ)氏と出会ってから、もう何年になるだろうか。20年は経たないと思うが、15年は越えていると思う。ユン氏には今まで何度かお世話になってきたが、今回ユン氏が今までの思いを込めた著作『体の知性を取り戻す』(講談社現代新書)を刊行されるにあたり、私に推薦文を依頼されてきたので、とにかくゲラを拝見することにした。

 読み進めて感じたことは、近代化した日本が身体や感覚といったことを無視し、誰もが同じ答えを出せるという、いわゆる科学的見地、つまり頭で考え計算することを正しいとし、身体の感覚などは当てにならないものとして軽視してきた教育の問題点が見事に衝かれているということである。

「正しい基本」とよくいわれるが、その「正しい基本」が足枷となって、質的に転換した「術」としての精妙な動きを実現できずにいる現代の武道界やスポーツ界を深く実感している私にとっては、このユン氏の言説は共感する所が多々あった。

 現代の教育で最も問題なのは、身体で学ぶという、人が人として本来最も必要とされているジャンルを、きわめて軽視し、頭による学習にばかり意を注いでいる点であろう。

 ただ、私のいう(そしてユン氏も同意見であろう)「体育」というのは、単にスポーツをやったり、体力測定の数値を上げることではない。ものを作ること、運ぶこと、そういった「人が一人で生きていくために本来欠かすことのできない能力を向上させること」が、まずその基本にある。また、基本、根本といえば、こうした身体を使っての日常作業によって、身体の基盤としての身体づくりは何より重要だろう。